第六十二回 涮羊肉と砂鍋白菜
気象学では、北京の冬は十月二十三日から翌年の三月三十一日までの160日間となっています。このうち、一番寒いのは一月、一日の平均気温は零下4.8度、最高気温は10.6度、最低気温は零下22.8度。その割に肌に感じる厳冬の日が少ないような気がするのは、北京の北、西、東が高い山か高原に囲まれ、冷たい風が直接吹き込むのを屏風のように遮ってくれていること、一月、二月、三月の降雨量が全年の2パーセントと晴れの日が多く、日向ぼっこを楽しめること……などなどによると言われています。
また冬の間に一年で一番賑やかな祝日「春節」(旧暦のお正月)や「元宵節」(灯籠の節句)、学校の冬休みや暦の上の「立春」……などなどが組み込まれており、子供から大人まで、みんなの心を暖めてくれます。
それに加えて、豊富多彩な冬の味覚。「涮羊肉」、「砂鍋白菜」……これも胃袋の中から、ほかほかした温もりを身体全体に伝えてくれるのです。
「涮羊肉」、一言で言えば、羊の肉のシャブシャブです。冬になると、「清真」というマークのついた豚肉を扱わない北京の料理屋さんの店先に「涮羊肉」という札がかかります。「涮」という中国語は、水にくぐらせて軽く洗うといった意味、つまり紙のように薄く切った羊の肉を煮えたぎった銅製の「涮羊肉」専用の鍋の中で「涮」して赤い肉がちょっと白くなりかけたところで箸で取って専用のたれをつけて食べるのです。
「涮羊肉」の美味しい店として知られているのは、北京の銀座といわれる王府井にある「東来順」です。百年の暖簾を持つ老舗「東来順」のコックさんにその味の秘訣を聞くと、肉と「材料、特によい肉を使うこと」という答えが返ってきました。
「涮羊肉」に使う羊は尾の短い綿羊、しかも去勢された羊がくさみがなくてよいとされています。一頭の羊からおよそ20キロの肉がとれますが、そのうち「涮羊肉」に使えるのは7キロほどだそうです。この羊の肉と一緒に熱湯にくぐらせる白菜やはるさめ、お豆腐も極上のものが選ばれ、たれは、ゴマ味噌、唐辛子油、エビのすりみソース、「醤豆腐」という豆腐の漬物のようなもの、ニラの花、香菜……をそれぞれの好みに応じてお碗にとって調合するのです。
北京西四にある土鍋料理の老舗『砂鍋居』の看板
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