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話・はない・噺・HANASHI    李順然

第二十五回   九九消寒図

――春を待つ暦――

 十二月に入ると、北京の街でも来年の暦が売り出されます。

 わたしは、毎年旧暦の入ったちょっと大きめな暦を一冊買うことにしています。立春、立夏、立秋、など二十四節季も記されているものです。世界広いというども、こうした暦があるのは、おそらく中国と日本だけでしょう。

 わたしの家の電話器の横に掛けられているこうした暦の今月(十二月)のページには大雪(七日)と冬至(二十一日)という節季が記されていますが、わたしは毎年の冬至には、ちょっとこだわっています。この日が来るのを楽しみにしているのです。

 まず、この日から、太陽が地球を照らす昼が少しずつ長くなり、夜が少しずつ短くなりますが、子供のころからずっと暗い夜が、大嫌いなわたしにとって、これはまさに祝日なみの嬉しい日なのです。

 冬至にちなんで「一陽来復」ということばがありますが、「冬去りて春来たる」「邪去りて運開く」、そんな感じの「一陽来復」、冬至が来るたびに口吟み、運が開けるような気がして心が明るくなります。これもまた冬至の楽しみです。

 清王朝の時代(1644~1912年)の北京の歳時記『燕京歳時記』に「冬至のわんたん」、夏至のうどん、ということばがあり、冬至にはわんたんを食べる習慣があります。わたしの家でも冬至の朝か夜にわんたんをたべるのですが、その担当は毎年わたし、別にこれといった「秘技」はないのですが……。(いちばん)こだわるのは熱熱(ATSU・ATSU)、そのために大きなどんぶりでスープはたっぷり、香油(ごま油)数滴ときざみねぎをぱらぱら、その上に焼海苔一枚。味はとても褒められたものではありませんが、「熱」は充分。おもての北風もどこ吹く風、ふうふう息を吹きがけながら食べるのが、わが家冬至のわんたんなのです。

 ものの本によると、冬至が盛大に現われた昔は、上述のわんたん、日本の年越しそばのように冬至の前の日の夜に食べたそうです。わが家でも、来年あたりからそうしようがないと思っています。

 わが家の冬至の行事をもう一つ。「九九消寒図」(わたしは「春を待つ暦」と呼んでいる)を描くことです。これも昔からの北京の風俗らしく、前述の『燕京歳時記』にも記るされていますが、それより前の明王朝(1368~1644年)の時代の北京の風景、風俗、行事、故事、人物などを記した『帝京景物略』にも、次のように書かれています。

 「冬至に白い梅の花一枝を画く。花弁八十一個、九つの花を作り、日ごとに花弁ずつ染める。花弁が全部染め終わって、九九が出現すればもう春は深くなっている。これを九九消寒図という」

(挿絵1)花弁八十一個

 この『帝京景物略』のことばに誘われて、だいぶ前から冬至になると家内が自己流の「九九消寒図」(挿絵1)を描いています。毎年図柄は違うのですが面白くて、いささか病みつきなっているようです。とても「科学的」なところあるそうです。花弁を毎日一つずつ塗り絵のように塗りつぶしていくのですが、北京の寒さは「一九」つまり最初の花あたりから厳しくなり、「三九」「四九」あたりで最低を示し、それから少しずつ緩んで春に向かい。 「九九」では春到来―冬至から九九八十一(9*9=81)で春、「九九消寒図」の花弁も全部満開、大自然の移り変わりをかなり「科学的」に現れてくれているというのです。

 ものの本のよると、花弁の替わりに九画の文字を九字選んで毎日一画ずつ書いていき、書き終わると春という「九九消寒図」もあります。(さし絵2)上手く作るコツは終わりのあたりに九画の「春」という字を織り込むことらしいです。

(挿絵2)九画の文字

 だんだん怠けものになって、わが家の冬至の「行事」も簡素化に向っていますが、今年も春を待ちながら、春を呼びながら「わんたん」を食べ、「消寒図」を描いて、ささやかに楽しもうと思っています。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

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