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第三十五回 

シルクロード点描①

 友人からわたしと一緒に撮った写真がみつからないので、もし手もとにあったらコピーして送って欲しいという手紙が来ました。ダンボールに無造作に入れてあるあれやこれやの写真を引っくり返してさがしたのですが、見つかりませんでした。だが、副産物とでもいうのでしょうか。たくさんの懐かしい写真と再会し、とても楽しいひとときを過ごすことができたのです。

 ふと一人で楽しんでいるのももったいないなと思いました。そうだ!「話・はなし・噺・HANASHI」のコーナーでときどき紹介してはと思いました。今日はその第一回目、1998年夏のシルクロードの旅の写真です。

 はじめは、東から西へとシルクロードが走る新疆ウイグル自治区の西の端にある都市カシュガル空港で撮った一枚です。

 この写真は、北京時間夜9時20分にフラッシュ無しで撮ったものです。(右は同行したジャーナリスト汪東林さん、左は筆者)飛行機を降りたわたしたちを迎えてくれたのは西の山に沈もうとする大きな真紅の太陽でした。

北京時間夜9時20分のフラッシュなしの野外撮影――これができたのは北京から新疆ウイグル自治区の首府ウルムチ経由でカシュガルに、西へ西へと太陽との「駆けっこ」で飛ぶことなんと3700キロ、この天文学的な距離が生んだ時差があってのことなのです。夕陽に照らされて車で宿に向かう途中、つくづく中国は広いなあ、シルクロードは長いなあと思いました。

 カシュガルに着いた翌日、車に揺られて二時間ほど、棉畠のも広がるアポロ村を訪れました。ここで、ウイグル族のおとしよりアンサングミンさんと親しくなりました。上の写真の左側がアンサングミンさん、右側は筆者、わたしが抱いているのはアンサングミンさんのお孫さんパデイちゃんです。一家は棉づくりをしているそうですが、アンサングミンさんはもう畠には出ず家でお孫さんの世話をしながら三頭ほどの羊を養っているとのこと、「小遣いかせぎの遊びさ」と笑っていました。

 アンサングミンさんが六十八歳だと知ったわたしが「わたしは六十五歳、北京から来た身ですよ」と言うと、アンサングミンさんは大きな声で「兄弟!兄弟!今夜はわたしの家で飯を食っていけ。羊をつぶすから……」とわたしの手を握って放しません。断るのに汗を流し、声がすっかりかれてしまったのを覚えています。

 アンサングミンさんは、孫の手をひいて村道まで送ってくれ、いつまでも手を振ってくれていました。民族とか、宗教とか、言語とか……は、人の心と心の触れ合いを阻めないといことを教えてくれた貴重な一期一会でした。

 カシュガルから首府ウルムチに帰った日の夜ここの友人たちが食事に招いてくれました。前菜は名も知らないこの地方の野菜、果物と羊の肉のサラダ、野菜を選んで食べていると、突然、拍手が起きました。誰か挨拶するのかと思ったら、入口からカートが入ってきたのです。カートには頭に赤い布をかぶせた新疆名物の羊の丸焼がどっかりと座っていました。

 「どうぞ、どうぞ」という主人側のことばに誘われて丸焼の前に行くと、立派なナイフが並べられています。ロースの部分を二枚切って小皿に取りテーブルにもどり、口に入れました。ホカホカの肉は硬からず、柔らかからず、ウイグル独特の調味料がよくきいて最高。すぐにお代わり、今度はふとももの部分を二枚取って席にもどりました。

 一生といっても残り少ないのですが、忘れられない味でした。上に掲げた写真、ウイグル族の帽子をかぶって羊の丸焼の前でご満悦の筆者をみてください!(続)

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 北中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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