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第五十二回 ~秋到来~

金の九月、銀の十月

 中国には「金の九月、銀の十月」という言葉があります。一年四季のうち、いちばんいい季節は秋、そのなかでも九月がいちばん、十月にそれに次ぐということですが、これは北京にも通用します。

 気候学からいうと、北京の秋は9月8日から10月22日までの45日間、いちばんいい季節が、なんと一年四季節のなかで、いちばん短いのです。ちなみに、いちばん長いのは冬で10月22日から翌年の3月31日までの160日間となっています。

 北京っ子は、この45日間の毎日毎日、貪るようにして秋を楽しんでいます。行楽の秋、味覚の秋、スポーツの味、読書の秋……こうした秋の楽しみをいっそう味わい深いものにしているのは、北京独特のどこまでもからりと澄み渡った空です。確か、去年のこのコーナーで紹介した「天高気爽」(天高く気爽やか)、天と地が一体となった爽やかさです。たとえば、北京の味覚といわれる北京ダックは一年四季それぞれの味わいがありますが、わたしが好むのは「天高気爽」のもとでの北京ダック。爽やかな燕京ビール(北京の地ビール)と、とても相性がいいのです。

杜甫VS李白

 「天高気爽」は、日本の俳句の秋の季語「天高く」となにか通じるものがあるなと思ったら、それもそのはず、この季語のル―ツは詩聖杜甫(712~770年)の祖父杜審言(645~708年)の「秋高くして塞馬肥ゆ」という一句にあるそうです。

 その孫の杜甫は、秋を悲しみ、愁える詩をたくさん詠んで、悲秋派・愁秋派の代表のようにいわれていますが、その証拠としてよく拳げられるのは、「叢菊両(そう きく ふた)たび開いて他日の涙 孤舟一たび繋いで故園の心」と詠う「秋興」です。

 この杜甫の「秋興」を名指しするかのように頌秋派・楽秋派の代表とされる李白(701~762年)は「秋日魯郡の堯祠亭上にて宴し……」という長いタイトルの詩で、次のように詠っています。

「我は覚ゆ秋興の逸れたるを

 誰か言う秋興は悲しと

山は落日とともに去り

水は晴空と宜しい」

 

楊万里の勧め

 歴史は下って宋の時代、ここでも悲秋派・愁秋派VS頌秋派・楽秋派の論争は続いたようです。「南宋四大家」の一人、頌秋派の楊万里(1127~1206年)は悲秋派を説得するかのように「感秋」(「秋の感ず」)というタイトルの詩を詠んでいます。まず、わたし流のじゃれ訳をみていただきましょう。

夏は長い長いとこぼす君

涼しい秋を待ち詫びる

秋到来どうしたことかこの君の

笑顔が消えて愁いだす

書物は秋に読むものさ

詩歌は秋に詠うものさ

秋の夜長の酒旨し

秋の遠足足軽し

わが江南(長江下流南岸の地)の山や川

ずいらの瞳を楽します

さあさ行こうよ脚絆を着けて

野に遊ぼうよ秋の野に

 ちょっとじやれ過ぎたようですね。そこでこの詩の訓読を記しておきましょう。声を出して読んでみてください。頌秋派の人は「よーし」と手を叩くでしょう。悲秋派の人の心もいくらか開かれるかもしれません。

秋に感ず

楊万里

平生長夏を畏れ

一念清秋を願う

如何ぞ秋に至るに遇えば

喜ばずして却って愁いを成すや

書冊は秋に読むい可し

詩句は秋に捜す可し

永夜は宜しく痛飲すべし

曠野は宜しく遠遊すべし

江南万山川

一夕寸眸に入る

請う双行纒を辨ぜよ

何れの処にか一丘無からん

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第五十回 王府の今昔
第四十九回 光盤行動・低配生活
第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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