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第十四回 納涼③

 

 昨今の北京、とりわけ若い人たちはクーラー無しでは夏は過ごせないようです。オフィスもクーラー、商店もクーラー、バスやタクシーもクーラー……

 わたしはクーラーが苦手です。実にも子供が付けてくれたクーラーはありますが、使うのは一年に三、四回、それもすぐに止めてしまいます。いちばん困るのは病気で入院したときです。相部屋の人がクーラー好きだと、ふとんのなかに入ってしまいます。

 やはり長年使い馴れたうちわやせんすがいちばんです。北京のうちわは、びんろう(檳榔)の葉で作ったびんろう扇や、やし(椰子)の葉で作ったやし扇が主流です。日本のうちわよりひとまわりも大きく直径30センチから35センチはあるびんろう扇は、そのひろい面から、ゆっくりと涼しい風を送ってくれます。

 この大きなうちわは、北京の夏の風物詩である夕涼みの散歩に欠かせないアクセサリーです。街角のベンチや河原に腰をおろして一休みというときには蚊や虫を追い払う役目をはたしてくれますし、お父さんの手にあっては一実の散歩を指揮する「軍配」のような役目もはたしているようです。

 うちわとせんすといえば、いちわは中国から日本に伝わり、せんすは逆に日本から中国に渡ってきたという説があります。せんすが日本から中国に渡ってきたのは日本の平安時代、中国の北宋(960~1127年)のころだといわれ、北宋の都汴京(べんけい)(現在の開封)の相国寺の縁日で日本のせんすがよく売れていたということが史書にも記されているそうです。

 この説には、物言いもついていますが、いずれにしろ北宋の都汴京の相国寺の境内で日本のせんすが売られていたことは事実でしょう。千年遠くも昔の中国の人が日本のせんすを使っていた――考えるだけでも一陣の涼風を感じさせる夏のエピソードですね。

 そう、うちわといえば、詩仙李白(701~762年)はうちわやせんすよりももっと涼しい風を送ってくれるものがあるよとその詩で詠っています。「山中にて俗人に答う」「山中にて幽人と対酌して」とともに、山を愛する李白の山中三部作ともいわれる「夏の日の山中にて」で、李白は次のように詠っています。

白羽扇(はくうせん)を揺(ゆるが)すにも懶(ものう)く

青林(せいりん)の中(なか)に裸袒(らたん)す

巾(きん)を脱(ぬ)いで石壁(せきへき)に掛(か)け

頂(いただき)を露(あら)わして松風(しょうふう)に灑(あら)ゆくす

 白羽扇とは白い鳥の羽根で作ったうちわ、裸袒とははだぬぎになって上半身をあらわ���こと、巾はずきん、頂とはまげをいった頭のてっぺん。うちわやせんすなど面倒だ、山のなかに入って頭巾も服も脱いで松風のシャワーを身体いっぱいに浴びようよ。李白らしい納涼ですね。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十一回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ ���・はなし・噺・HANASHI~第一回

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