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第二十九回

緑の引っ越し

 北京では、だいぶ前から「一年三季に花を」「一年四季に緑を」というスローガンに出されています。

 「一年三季に花を」というスローガンですぐ頭に浮かぶのは、十二月の街頭で枝にしがみつくようにして赤い花を開いているバラの耐寒改良種「豊花」です。「一年三季に花を」のスローガンのもとで、北京市の園芸関係者が育てあげたもので、白や桃色の花を開くものもありますが、どうしたことかいちばん最後まで花を開いてくれているのは赤い花なのです。毎年のことですが、十二月の冷たい北風の吹く街角で「豊花さん、ありがとう」と挨拶しています。

 「一年四季に緑を」というスローガンの方は、松やいとすぎ、このてがしわといった常緑樹が街のあちこちに植えられ、冬の北京に緑を添えています。

 そう、十二月の声を聞くと緑の引っ越しが始まります。冬の訪れとともに、鉢植えの花や木、盆栽がおもてから実の中に引っ越してくるのです。サボテンやサンセベリア、折り鶴ランといった緑が実のなかに移ってくるのです。

 また、ちょっと変った花や緑が部屋のなかに姿をみせます。水栽培の大根や白菜の花や緑です。北京の冬のお台所に欠かせない大根の頭の部分、白菜の根に近い部分を平らに切って、適当な大きさのお皿の上に置き、水を張ってやると、数日後には可愛らしい芽をだし、さらに葉を伸ばし、おしまいには大根はちょっと紫がかった白い十字花を、白菜は黄色の小さな十字花を開いてくれるのです。お台所を預かる主婦たちが生んだ傑作でしょう。緑が欲しいときには、皮をむいたニンニクをやはり水を張ったお皿の上に並べてやりますと、一週間ほどでエナラルドのような緑が一夜に芽をだし部屋を明るくしてくれます。

 実のなかの水栽培の草花といえば、その横綱はなんといっても水仙でしょう。球根を水に浸けてから花が開くまで、だいたい三十日から三十五日といいます。旧正月(今年は2月10日)――春節に花を開かせようと、北京市民は水加減や日を当てる時間をあれやこれや調整したりして、それなりに忙しい日を送っています。

 中国の名作家老舎(1899~1966年)は「花づくり」というエッセイで「喜びあり愁いあり、笑いあり涙あり、花あり実あり、香りあり色あり、そして働くなかで見識を広める、これが花づくりの楽しみだ」と書いていますが、水栽培の水仙を育てるなかで、北京の人たちもこんな楽しみを味わっています。そして、うまく開いてくれた水仙の清清しい香りで春節を迎えるのです。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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