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国慶節・天安門・私

 十月一日は、中華人民共和国の建国記念日です。中国では国慶節と呼ばれており、この前後七日間の連休です。やはり七日間連休の五月一日のメーデーとともに、春と秋の国民的二大祝日となっています。

 
天安門の楼閣の上から百万人の北京市民が参加した日米安保条約反対の大集会
の模様を実況放送する筆者(手前)――1960年5月9日

 国慶節というと、中国人の頭に浮かぶのは北京の中心にある天安門でしょう。一九四九年の十月一日に毛沢東主席がこの城門の楼閣の上から中華人民共和国の誕生を宣言し、それからの天安門は新中国のシンボルとなってきたのです。

 十月一日の国慶節の天安門は、わたしにとってアイデンティティーを感じさせる聖地のようなところでもあります。話は六十年以上も昔の一九四九年にさかのぼります。私は在日華僑の二世として東京の明治学院高校の一年生、十六歳でした。わたしは中華人民共和国誕生のニュースを北京放送の日本語番組で聞いて感動したのです。「わが国」ということばがやっと実感できた感動でした。

 わたしの本籍は台湾の台北市、甲午戦争(日本でいう日清戦争)で敗れた清王朝は台湾を日本に割譲り、台湾人は「日本人」にされてしまうのですが、まったくの「三等国民」でした。大学生のころ、「台湾ハゲ」と罵られて「カツ」となり、数人の日本人の級友と大喧嘩をし打ちのめされ、血だらけになって立ち上がれなかった屈辱の歴史は、いまも忘れられません。わたしの八十年の生涯で殴りあいの喧嘩をしたのはあの一回だけ、ふだんは仲の良かった友だちだっただけに、悲しくもあり、残念でもありました。

 日本の無条件降伏によって、「台湾人」は「三等国民」から一躍「連合国人」になりました。一九四五年のことです。中学一年生だったわたしは、「青天白日」の「中華民国」のパッチを胸に付けて東京の街を闊歩しました。はじめて「わが国」を感じ、喜こびに浸りました。それも束の間、台湾にやって来た蒋介石一派は悪事のかぎりを尽くし、父は台湾に入るのも許されず、財産も没収されてしまいます。束の間の「わが国」は、わたしからも、わたしの家からも遠い存在となってしまいました。

 そうこうしているうちに、中国大陸の方からは中国共産党をその軍隊中国人民解放軍の活躍ぶりが刻々と伝えられてきました。その決定打となったのは、北京での中華人民共和国の誕生と朝鮮での中国人民志願軍の勝利でした。わたしの心のなかの「わが国」は、完全に中国大陸に移りました。

 そして、一九五三年の秋、心を弾ませて「わが国」に帰ってきたのです。一日も早く「わが国」のために働きたいという希望が入れられて配属されたのが、なんと国外でずっと心の支えとなっていた北京放送局日本語組でした。「わが国」で「わが家」に帰りついた嬉しさでした。東京でその声を聞いていた北京放送の初代アナウンサー王艾英さんともお会いしました。日本生まれ、お茶の水女子大学で学び、中国革命の聖地延安で鍛えられた心のやさしいそうなおばさん。「しっかりがんばってね」と励まされました。

 「光陰矢の如し」、「わが国」の「わが家」での六十年、「わが国」「わが家」の人たちとともに歩み、ともに喜こび、ともに苦しんだ六十年、まったく悔いのない日々でした。これからも、「わが国」「わが家」とともに、六十年歩み続けて来たこの道を、この足で一歩一歩歩んでいきたいと思っています。細くて、頼りない足ですが……。

 追記:この雑文、「わが国」という言葉の連発でしたが、わたしはこの「三文字」にとても愛着お持っています。異国で異国の人に語るこの「三文字」、異国で同胞に語るこの「三文字」ここには祖国に寄せる愛と誇りが溢れているのです。自分と切り離すことのできない一心一体の「おれの国だぜ」というおもいが込められているのです。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第五十四回 エジソンと携帯電話
第五十三回 仲秋節
第五十二回 秋到来
第五十一回 同姓同名
第五十回 王府の今昔
第四十九回 光盤行動・低配生活
第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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