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第三十八回 踏青


2012年5月 日本語部の春のピクニック

 三月の末から四月の始めにかけて、中国国際放送局日本語部のオフィスはあるのハイキングはどのに行くかということが熱い話題となります。中国語でいう「春遊」です。春の「春遊」は秋の「秋遊」、お正月の仕事始めの宴とともに、日本語部の「三大民間行事」なのです。若い行動派が遠くに行こうといえば、「花より団子」の中年の実務派は近いところで旨い弁当を食べようという、これを上手にまとめるのが、日本語部部長の腕のみせどころなのです。

 「春遊」のことを昔は「踏青(ターチン)」といっていました。これは読んで字のごとしで、郊外に出かけて青々と萌えでた若草を踏む、つまり春のピクニックのことです。李白や杜甫といった詩人を生んだ唐代(618~907年)、蘇軾や陸遊といった詩人をを生んだ宋代(960~1279年)には、、この踏青がとても盛んでした。蘇軾は「踏青」のにぎわいを「城中(じょうちゅう)の居人(きょじん)城郭(じょうかく)を厭(いと)い喧闐(けんてん)として暁(あかつき)に出(い)で四隣(しりん)を空(むな)しくす」と歌っています。「街の人たちは城壁内の暮らしにあきあきし、朝早くからうきうきして郊外に出かけて街はからっぽだ」といった意味でしょう。

 こうした詩が日本にも伝わったのでしょうか、日本の俳句にも「青き踏む」という季語があります。正岡子規の「幼子(おさなご)や青きを踏みし足の裏」という句を歳時記で目にしたことがあります。下手の横好き、わたしも一句。「香山の日暮れも忘れ青き踏む」。香山は春は桃や杏(あんず)の花が、そして秋は紅葉が美しい北京西郊外の行楽の地で、春は「春遊」、秋は「秋遊」の人で賑わいます。

 わたしごとになりますが、私の家の墓がこの香山のふもとにあります。だいぶ前に「踏青」がてらにというと、ご先祖さまに申し訳ないのですが、兄や妹と一緒に墓参りしたことが懐かしく思いだされます。

 そういえば、冒頭で引用した蘇軾の詩ひとくだりは「子由の『踏青』に和す」というタイトルの詩です。子由は蘇軾の弟でやはり詩文に秀れた蘇轍の字で、兄と過ごした踏青の日のことを綴った弟の詩に和して、兄の蘇軾が作った詩です。この詩の最後の句で蘇軾は「酔倒(すいとう)して自(みずか)ら謂(い)う『吾が符神なり』と」と書いています。どうやら、踏青の縁日でお守りを買って、わしらのお守りは霊験あらたかとご機嫌だったようです。蘇軾は大変な弟思いで、その詩にもたびたび弟蘇轍の名がでてきます。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 北中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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