第五十三回 仲秋節
中国では、二つの暦が併行して使われています。一つは新暦・太陽暦、もう一つは旧暦・太陰暦で、公式の行事はすべて新暦ですすめられますが、ときどき旧暦が頭をもたげた 手を振ってまかり通るのです。例えば春節と呼ばれる旧暦のお正月(今年は二月十日)は昔からたいへん盛んに祝われてきましたが、いまでも官公庁をふくめて七日間の連休、一年でいちばん賑やかな国民的な祝日となっています。
このほか、お墓参りをする清明節(今年は四月四日)、ちまきを食べる端午節(今年は六月十日)、お月見をする仲秋節(今年は九月十九日)など民間の祝祭日も旧暦で数えられ、新暦の暦の上に書き込まれています。いずれも法定の公休日です。仕事は新暦、暮らしは旧暦とごくごく自然に分業され、生活全体が豊かなリズムに乗って進められているのです。
ところで、毎年のことですが、九月の声を聞くと、北京のお菓子屋さんやスーパーのお菓子の売り場が模様がえします。仲秋節の夜に月を眺めながら一家団欒で食べる月餅を売る特設コーナーが姿をみせるのです。大きなもの小さなもの、あまいものからいもの、胡桃や松、杏子、西瓜の仁(タネ)、ピーナツ、つまり五種類の「仁」の入った「五仁月餅」、棗のあんの入った「棗泥月餅」、あずきのあんの入った「豆沙月餅」、ハムの入った「火腿月餅」・・・・・・、値段も目の玉がとびでるほど高いものから、ひとけた違うのではと思うほど安いものまで、まったく百花斉放です。だが、円いということは共通しています。
丸いテーブルを囲んで、空に掛かる円い月を眺め、丸いお皿に並べられた丸い月餅やリンゴ、梨、西瓜といった丸い果物を食べて一家団欒を願う、これは仲秋節のメインテーマです。ちなみに、漢和辞典をひいてみたら、「団」も「欒」も「丸いこと」だとでていました。
仲秋の席にお酒が並ぶこともあります。だが50度といったような強い白酒は、なごやかな仲秋の夜の雰囲気に似合わないのか、敬遠されているようです。また、ビールも涼しい夜の野外のお月見には、生理的にも馴染まないようです。
仲秋の席に似合うのは、アルコール度といい、味といい、色といい、どうやら葡萄酒、ワインのようです。私の家では「桂花陳酒」というワインを、仲秋節専用として用意しています。北京葡萄酒工場が造っているアルコール度15度のほんのりと桂の花の香りが漂う甘口のワインです。唐の玄宗皇帝(685~762年)が愛妃楊貴妃のために造らせた酒が、そのルーツだといわれています。
仲秋節の円いテーブルを囲んでの話題は、なんといっても家族、親族の安否、消息です。空に掛かる月を眺めながら、東西南北に分かれて暮らす家族、親族の話がはずみます。満月の月は、人々の心と心を結ぶ中継所の役割を果たしてくれているのです。「雲折々人を休める月見かな」――芭蕉のこんな句が頭に浮かんできました。
|