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話・はなし・噺・HANASHI

第四十八回

-禿三話-

 今年(2013年)の始めに、北京の外文出版社から『二十世紀人留給二十一世紀人』(「20世紀人が21世紀世紀人に遺す物語」)というタイトルの本を出しました。中日語対照の雑文集です。そのなかに、中日友好協会の会長だった大先輩孫平化さんを偲ぶ一文があります。

 そのプロローグで、孫平化さんの禿げ頭をめぐるエピソードを書きました。以下、第一話として、このエピソードの部分を書き出してみます。

第一話

 「中日友好協会の会長をしていた孫平化さんの禿げ頭は中国人、日本人を問わず、中日友好を願う人たちからとても親しまれてきた。こんな逸話がある。

 ある日、上司の廖承志さんが長年の部下である孫平化さんと肖向前さんを連れて周恩来総理のところに仕事の報告に行った。オフィスに入ると周総理は立ち上がって三人を迎えた。そして、ちょっと唖然とした表情で並んで立っている孫さんと肖さんの頭を見つめた。肖さんの頭も孫さんに敗けずに輝いているのだ。

 二、三秒の沈黙、廖さんが口を開いた。ちょっとおどけた口調で言った。

 「実は、この二人、20年も日本人との交渉の毎日で頭を使い続けてきました。それで、このような頭になってしまったのです。本当にご苦労さんだった。」

 周総理の表情は緩み、大きく頷いた。そして四人は顔を見合わせて大笑いしたそうだ。

 目を閉じ耳を澄ますと、遠くから聞こえてくる。四人の明るい笑い声が……。きっと天国のどこかでときどき顔をあわせて中日関係を語り、見守ってくれていることだろう。

第二話


孫平化さんの頭に手をかざす廖承志さん

 ある日、廖承志さんはカメラマンに孫平化さんの頭に目をやりながら、そこに手をかざり「光線はこの頭で十分、フラッシュはいらないよ」と言ったという伝説があります。『廖承志文集』に載った上の写真を見て、この伝説のルーツはこの写真にあるのだろうと直観しました。

 廖さんと孫さんは、かなりきわどい冗談をふくめて、友人でも腹を割って話し合える兄弟のような仲でした。

 孫平化さんは、その自伝ともいえる『わたしの履歴書』のなかで、廖承志さんを「良師益友」と書いていますが、わたしの眼のかなのお二人は血の分けた兄弟、孫さんは廖さんを兄として心から敬い、廖さんは孫さんを弟として心から愛する、そうした兄弟として映り、いつも羨ましく思っていました。

第三話

 孫さんはとても誠実な人でした。日本に出張する孫さんに北京の禿げ仲間の友人が、日本には禿げによく効く薬があるそうだが買ってきてくれないかと頼みました。

 日本に着いた孫さんは、忙しいスケジュールの合間を縫って薬屋さんに行き、いちばん効く禿げの薬をと注文しました。この店の主人らしい男性が、これがいま評判の薬ですよと言って数種類の禿の薬を並べました。薬を見終って、この薬屋の主人らしき男性に目を 向けて孫さんはハッとしました。この男性の頭、なんと美事なつるつ禿げ、孫さんはまわれ右、ふり返りもせず店を出たそうです。そしてさらに何軒か薬屋さんをまわり、いちばん効きそうだと納得したのを買って北京の友人に届けたそうです。

 わたしが感心したのは、孫さんほどの高い地位にあり忙しい人、こうした仕事は大使館あたりの若い人に托して処理すればと思うのが一般的な常識でしょうが、孫さんにはそれが出来ないのです。孫さんの誠実な心がそれを許さないのです。

 あらゆる面での孫平化さんの誠実さ、中日友好協会の会長としての孫さんの誠実さが、どれほど多くの中日友好の花を開かせたことか、わたしは筆を進めながら、そんなことを考えるのでした。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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