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話・はなし・噺・HANASHI

第六十四回

圧歳銭

 お正月ですね。「もういくつ寝るとお正月」と、子供たちが指折り数えて待つお正月、子供たちの楽しみの一つは「お年玉」でしょう。中国語では「お年玉」のことを「圧歳銭」といいます。

 どうして「圧歳銭」というのか、その解答のヒントになるような文字が清王朝の時代(1644~1912年)の北京の歳時記『燕京歳時記』に載っていたので抜き書きしてみましょう。


中国の年賀ハガキ、裏にお祝いのことばやあて先を書く。
午どしの今年のセットのなかの一枚は、
馬をモチーフした福の字を十二支で囲んでいる。
バックは赤い提灯。抽選でお年玉がもらえる。
あけましておめでとうございます。

 「圧歳銭」という項目には、次のように書かれていました。

 『「圧歳」とは一つ増す歳を圧(おさ)え、もろもろの災厄を破り発させないとの意味……圧歳銭を子供に与える場合には、その正月の小遣い銭となる』

 ちょっと、わかったようなわからないような数行、どうやら「圧歳銭」は、魔を除き福を呼ぶお守りのようなもので、子供たちが年長者に新年の挨拶をする席で、年長者から子供たちに赤い紙で包んだお金、つまり「圧歳銭」が贈られてきたのです。これは新年に一家が集まっておこなう家族の絆を強める大切なセレモニーに欠かせない小道具なのです。この小道具には、子供たちに寄せる年長者の慈しむ心、年長者に寄せる子供たちの敬まう心が込められています。一代一代、こうして一家の心が受け継がれ、一家の絆が強まり固められてきたのでしょう。

 中国の改革・開放の政策が深まるなかで、とりわけここ数年、市民の懐が豊かになるにつれて赤い紙に包まれた「圧歳銭」の金額は大きく膨らんできています。たいへん喜ばしいころであり、嬉しいことです。だが、ちょっとした不安が脳裏をかすめます。お金、お金で頭が熱くなり、肝腎の心、数千年にわたって家、家族が培かってきた年長者が子供たちに寄せる慈しむ心、子供たちが年長者によせる敬う心……こうしたかけがえのない宝物がないがしらにされてしまっては困るという心配です。

 一家がテーブルを囲んで餃子を食べ、「圧歳銭」も登場する正月「春節」は七日間の連休、一家が集う一年で最大のセレモニーですが、ここ数年、一家で墓参りする清明節、一家でちまきを食べる月見をする端午節、一家で月餅を食べ月見をする仲秋節も、仕事は一日お休みと決められました。ますますクローズアップされているのです。仕事は一日休んで一家団楽してくださいという政府の心遣いでしょう。


お年玉を入れる赤い袋。
節日快楽(楽しい祝日)の字の下に、
爆竹で遊ぶ子供が描かれている。

 家、家族を主体とした中国の伝統的な祭日という「教室」で、慈しみあう心、敬まいあう心、助け合う心、学びある心……といった人間が生きていく上で、とても大切なものを学び、磨き、深める、これは中国人が数千年かけて暮らしのなかで培かってきたかけがえのない財産なのです。

 去年(2013年)から「敬老の日」と決められた重陽節を休日にしてはという声もあがっています。

 早いテンポで成長する中国の経済、化学、文化、生活……、こうした大きな流れにハーモニーし独特の輝きを放つ民間の祭日、午どしの今年、こうした祭日を家族と一緒に友人と一緒に楽しみながら、いくらでも心を豊かにしていきたいと願っています。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第六十回 漢字の危機
第五十九回 「わたしの夢」さし絵
第五十八回 赤子の心
第五十七回 菊の花と人の顔
第五十六回 馮小剛・莫言
第五十五回 国慶節・天安門・私
第五十四回 エジソンと携帯電話
第五十三回 仲秋節
第五十二回 秋到来
第五十一回 同姓同名
第五十回 王府の今昔
第四十九回 光盤行動・低配生活
第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

第三十回 「武」という漢字
第二十九回 緑の引っ越し
第二十八回 北京っ子と風邪
第二十七回 橄欖球・水泳・羽毛球
第二十六回 足球・篮球・乒乓球
第二十五回 九九消寒図
第二十四回 北京の冬
第二十三回 衣がえ
第二十二回 落ち葉
第二十一回 老舎と菊
第二十回 中日共同世論調査をみて②
第十九回 中日共同世論調査をみて①
第十八回 天高気爽③
第十七回 天高気爽②
第十六回 秋高気爽①
第十五回 納涼④
第十四回 納涼③
第十三回 納涼②
第十二回 納涼①
第十一回 男はつらいよ
第十回 苦熱
第九回 胡主席の卓球 温首相の野球
第八回 麦の秋
第七回 柘榴花・紅一点
第六回 漢字と笑顔
第五回 五月の香り
第四回 北京の古刹法源寺
第三回 井上ひさしさん
第二回 SMAPと中国語
第一回 春天来了

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