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話・はなし・噺・HANASHI

絵 張紅 文 李順然

第六十八回

柳絮・漢詩・俳句
 

 「梨花は淡白にして柳は深青、柳絮飛ぶとき花城に満つ」―宋代の詩人蘇軾、つまり蘇東坡(1036~1101年)の詩のなかの一句です。柳の多い北京では、四月から五月にかけて、タンポポの種のように白い毛に包まれた柳の種が、雪のように空を舞い北京の春の風物詩になっています。

 この北京の春の絶景を日本にも紹介しようと、何回も筆を執って挑戦してみたのですが、いつも舌足らず。そこに登上してくれたのが張紅さんが描いてくれた左上の挿絵でした。張紅さんの挿絵は、二人の子供の表情としぐさで、巧みに柳絮の姿を描いてくれています。両手いっぱいの柳絮を空に向かってさっと撒く、風に舞い上がった柳絮、二人は時ならぬ五月の「雪」に大喜び。張紅さんは、きっと子供のころ柳絮で遊んだひとときに思いを馳せながら描いてくれたのでしょう。

 張紅さんのこの絵を見ながら、わたしはつくづく思いました。童心に刻まれた記憶―歴史は、その人の心にいつまでも生きており消し難いものだと。これは、張さんのほかの絵からも感じました。

 わたしの本のこの柳絮の絵の数ページ前に、「おたまじゃくしをすくう子供たち」という絵(右)がありましたが、これも張さんの童心に刻まれた風景でしょう。おたまじゃくしの王国であるあちこちの水溜りが、池や川の整備とともに少なくなっている昨今の北京では、この春の風物詩がだんだん姿を消しているようですが・・・・・。

 張紅さんが、わたしの処女作『わたしの北京風物誌』に描いてくれた一枚一枚のカットは、その童心に刻まれた北京の庶民の歴史を忠実に描き遺してくれている貴重な一枚一枚なのです。三十年近い歳月が流れてしまいました。遅まきになってしまいましたが、張紅さん、ありがとう、謝々!

 以上で話は終わり。以下はおまけです。この雑文を書いていて目に止まった漢詩や俳句、おまけのおまけは春風と名句に誘われてひねったわたしの迷句です。すべて今回のタイトル柳絮にちなんだものです。

 「数株の残柳春に勝えず 晩来風起こって花雪の如し」(唐•劉禹锡)

 「とろへたる柳絮を風に戻しけり」(稲畑汀子)

 冒頭の張紅さんの柳絮の挿絵が頭に浮かぶような句ですね。稲畑さんも童心に帰ってこの句を作ったのかも・・・・・。

 「柳絮とぶ時計の外の時の中」(川崎ふゆき)

 川崎さんのこの句は、中国の漢俳作家鄭民欽さんの「柳絮飄飛在、時鍾之外的時間里」という漢訳を添えて『現代俳句•漢俳作品選集』という本に収られていました。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第六十七回 黄塵万丈&霧霾万丈
第六十六回 春のリニューアル
第六十五回 北京の旅の穴場
第六十四回 圧歳銭
第六十三回 年の瀬に
第六十二回 涮羊肉と砂鍋白菜
第六十一回 酒鬼
第六十回 漢字の危機
第五十九回 「わたしの夢」さし絵
第五十八回 赤子の心
第五十七回 菊の花と人の顔
第五十六回 馮小剛・莫言
第五十五回 国慶節・天安門・私
第五十四回 エジソンと携帯電話
第五十三回 仲秋節
第五十二回 秋到来
第五十一回 同姓同名
第五十回 王府の今昔
第四十九回 光盤行動・低配生活
第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

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