一月七日を人日という。前漢の人東方朔の『占書』によると元日から八日までの日々を、それぞれ鶏、狗、猪、羊、牛、人、殻の日とし、その日の天候によって一年の吉凶を占った。唐代の『金谷園記』には、この日(一月七日)に七種類の山菜を食べると病気にかからないという風習があったと記されている。日本でいう七草の粥のルーツだろう。屠蘇もそうだが、日本の正月の行事には、中国では姿を消したものが中国に里帰りして、ふたたび中日共通の行事になるかも知れない。 この詩の妙なるところは、転句、結句の「帰」と「発」にあるといわれる。「帰」は人と雁に係り、「発」は人と花に係っている。人(わたし)も雁も北の故郷に帰るがわたしは雁より後れ、人(わたし)の(故郷を)発うには花が発くのより早いのだというわけだ。
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