話・はなし・噺・HANASHI 李順然
第四十九回
光盤行動・低配生活
はやい速度で前進する中国、人びとの暮らしもはやい速度で向上し、ことばもそれに追い付こうと、いやときには先取りして新語がどんどん誕生しています。
「光盤行動」、「光盤」を最新の『現代漢語詞典』第六版(2012年)で引いてみますと「コンパクトディスクーCD」のことですが、「光盤行動」という新語では「CD」を、きれいさっぱり食べ残しのないお皿にたとえ、食事の席で主客双方、たがいに見栄を張らず、みんなの胃袋を考え、食べ残りをださないよう心がけようというキャンペーンです。皿をたくさん並べようという主人側の見栄、上品ぶってあまり箸を着けない客側の見栄、こうした面子(メンツ)第一の封建思想の残りかすで中国のレストランが一年間に捨てた料理はなんと5千万トン、これは二億人の一年間の食事量で、2千億元(約3兆円)に相当するとテレビや新聞が伝えていました。こうしたキャンペーンが効を奏したのか、今年(2013年)の春節(旧正月)、北京の高級レストランの売上げは35パーセント減ったそうです。
この見栄にこだわる悪習反対のキャンペーンの前後に「低配生活」という新語が知識人やホワイトカラーの間で誕生し、ジワリジワリと拡がっています。「低配生活」、北京で発行している日本語の月刊誌『人民中国』は「シンプルライフ」という訳語をつけて紹介していましたが、名訳・通訳だと思いました。低姿勢ということばがありますが、見栄や面子にこだれらず、自分の好みにあった簡単で素朴な生活、しかし精神的には豊かな生活を送ろうというものです。
こうした人たちのブログでは「ほとんど」の機能を使いこなせないような高級携帯電話を持っても豚に小判」とか、「高い金を拂った高級料理も七割以上はゴミ箱に」とか、成金風を吹かせる連中を皮肉り、奥のあるシンプルライフを送ろうと呼びかけています。
どうしたことか、「光盤行動」とか、「低配生活」とか書いていて、四十代、五十代の懐かしい風景が頭に浮びました。北京の歴史とか、日本大学とか、あちこちで聞かれる少人数の研究会にときどき顔を出していたのですが、質素な部屋の机の上にはよくて魔法瓶とコップが置いてあるだけ、これでひと午前、ひと午後、ときには簡単な昼食をはさんで一日、話しあうのです。でも会は学問に寄せる責任感と理性、熱気に溢れていました。会が終わると、誰もが満足感いっぱいの表情で、いそいそと実路に着くのでした。もちろん、バスとか自転車とかで……
「低配生活」、シンプルライフの満ち足りた毎日でした。もちろん、昼食はいつでも「光盤」でした。
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