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――ちょっと話したい話――

第十一回 男はつらいよ

 

 お正月の新聞の紙上は、とても面白いものととてもつまらないものの共存です。面白いものは、前々からお正月用に力を入れて企画したよみものです。つまらないものは、社員のお正月の休みを保証するために生まれた紙面の空白を荷造りのパッキングのように埋めた速成のよみものです。これは、中国の新聞、日本の新聞を問わず共通しているようです。今年のお正月もそうでした。

 今年のお正月の新聞で、ちょっと面白かったのは、日本中国友好協会の新聞『日中友好新聞』の元旦号の一面に載った映画監督山田洋次さんのインタビューでした。そのなかでも、いちばん興味があったのは中国でも放映され評判になった山田洋次さんの「男はつらいよ」(中国名「男人太辛苦」中国語吹き替え)についての部分でした。あのころ、この映画のシリーズの一つとして寅次郎が中国の大連に来る構想があるという噂を何回も聞いたのですが、このインタビューで山田さんはそういう話があったと肯定して、その筋書きを紹介しているのです。この新聞は、その性質からして読者はあまり多くないと思います。もっと多くの人に知ってもらいたいなと思い「独断」で山田さんのお話しのさわりの部分を抜き書きしてみました。

 「――日本で迷子になって困っている中国人女性を寅さんが親切に助けてやって彼女はとても喜んで大連に帰って、その親がお礼をしたいということになって、その地区だか政府でもいいんだけど寅さんを招待しようということで招待状が柴又に来たんです。……せっかくだから寅さんが大連に行ったら、やたらに乾杯乾杯で宴会が続き、寅さんが飲みすぎて、ついに身体をこわして入院、社会主義の病院だからやることが徹底している。本当に健康を回復しなければ絶対に退院させてくれない。言葉もわかんないし退屈で退屈で、ついに逃げ出しちゃう。

 かくして寅さん行方不明と柴又に国際電話がくるんです。大騒ぎになって寅さん捜しにさくらと博が行くんだけど広い中国だから捜しようがない。しばらく捜してあきらめて、公園でぼんやり明日の飛行機に乗ろうかなんて言っているときに向こうで太極拳をやっているおばさんたちのなかに一人まじって寅さん太極拳をやっているのです(笑)……」

 山田洋次さんの話を「聞」いていると、大連の街で熱演する渥美清さんの姿が浮かんできます。渥美さん、ほんとうに長いことありがとうございました。もしも、この映画が出来ていたら、日本から大連を訪れる旅行客は幾何数的に増えたことでしょう。

 そういえば北海道でロケをした馮小剛監督の中国映画「非誠勿擾」(日本名「ねらった恋の落とし方」)が上映されたとき、北海道の風景を楽しみたいという中国の旅行客が激増しました。そのころ、わたしは腰の骨を折って二週間ほど山田洋次さんのいう「社会主義の病院」に入院していたのですが、わたしが日本関係の仕事をしているというので看護師さん二人、医者一人から「北海道に旅行に行きたいのだが」という相談を受けました。三人とも女性でしたが、みな映画「非誠勿擾」を観ての話でした。映画の威力をつくづく感じました。

 山田洋次さんのインタビュー、まだまだ面白い話がたくさんありますが、もう一つ。山田さんは「山の郵便配達」という映画を作った霍建起さんという中国の監督をたいへん高く評価していました。

 「霍建起監督って僕は好きですね。低予算映画という発想を若い監督はしがちだけど、『山の郵便配達』という低コストの作品には、そうゆうあさましさがない、安く作ろうなんて考えていないけど実にいい素材をとらえました。あの親子が追いかけながら人間にたいする優しいいたわりの気持と同時に文明に対する批判、批評があってね……」

 山田洋次さん、ありがとうございます。霍建起はわたしも好きな監督です。中国にも何億という大金を投じて「大作」を作りたがる風潮がありますが、わたしは好きになれません。

 偶然でしょうか、山田洋次さんが映画のロケで広島の小島に行った帰りに、そこの田舎町でひよっこり霍建起監督と会っておたがいにびっくりしたそうです。霍監督は日本で作る映画の下調べに来ていたそうです。霍監督の日本ロケによるこの新作、大いに期待しています。

 ちなみにこのインタビューには、山田洋次さんが北京での日本映画週間に出席したその足で大連を訪れ、少年時代を過した家の前で撮った写真が添えられていました。懐かしかったことでしょう。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回

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