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第十三回 納涼 ②

 前回は北京の中心にある北海公園の南の端にある庭園団城の松の下から暑中見舞を送りましたが、今回は西郊外に飛んで北京の中心から30数キロのところにある戒台寺という古刹の、やはり松の木の下から暑中見舞をお届けしましょう。

 戒台寺は今から1400年も昔の唐の高祖武徳五年(622年)に建てられたお寺で、もともと慧聚寺でしたが、ここの戒壇が中国でいちばん大きいところから戒台寺と呼ばれるようになりました。この寺の近くにある潭柘寺は晋(265-420年)に建てられた、つまり1600年の歴史を持つ現存の北京最古のお寺、そして戒台寺はそれに次ぐ北京第二の古刹とされています。

 この二つのお寺については、読み人知らずのこんな詩があります。「潭柘は泉に勝り 戒台は松に名あり 一樹は一態を具え 巧みを建物と競う」。たしかに、戒台寺の松は一樹一態を具え、一幅の風景画を観ているようです。千年前の遼代に植えられた樹高18メートルの九竜松、10メートル四方に枝を伸ばす卧竜松などなど……清の乾隆帝もここに足を伸ばし戒台寺の松を頌える詩を残しています。

 馬鞍山という山のなかにある戒台寺は、夏の暑い日でも松の香りを乗った涼しい風が漂う絶好の納涼の地なのです。わたしも何回か実地検証に行ってみました。松の樹の下のベンチに腰を下し、帽子を取り、シャツのボタンを外して、頭にそそぐ松の香りを乗せた涼しい風に、しばし浸ってみました。大都会のクーラー浸けの日々がとても貧しく感じられる豊かなひとときでした。ふと詩仙李白(701-762年)が夏の暑い日に山の中の深い森に入って詠った「夏日山中」が頭に浮かびました。

白羽扇(はくうせん)を揺(うご)かすに嫩(ものう)く

裸袒(らたん)す青林(せいりん)の中(うち)

巾(きん)を脱(ぬ)ぎて石壁(せきへき)に掛(か)け

頂(いただき)を露(あら)わして松風(しょうふう)に灑(あら)わしむ

 追記:戒台寺、潭柘寺めぐりは、北京の旅のわたしのおすすめコースです。季節は秋が最高、紅葉の美しい山々を車のなかから楽しむのです。赤い柿が枝もたわわに実っています。潭柘寺の塔林には、金•元•明•清の高僧の墓塔72基が文字通り林のように立ち並んでいます。なかには、明の宣徳四年(1429年)に北京で円寂したといわれる日本の高僧無初徳始ら日本やインドの僧侶の墓塔もあり、千人以上の僧侶がいたという全盛時代のこの寺の姿が偲ばれます。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十一回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回

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