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第十八回

天高気爽③


中尾太郎さんのスケッチ
北京官房胡同―画文集『北京の風景』より

 読書の秋、本棚を片付けていて、一冊の本が目に止まりました。中尾太郎さんのエッセイとスケッチで構成された画文集『北京の風景』、白い表紙のとてもお洒落な本です。

 1983年から1986年にかけて、出光興産の北京駐在員をしていた中尾さんが折々に街にでて綴ったエッセイとスケッチ、すっかりわたしの心を捉まえてしまいました。ひと午前、そのページをめくってとても満ち足りたひとときを送らせていただきました。そして、「そうだ、『話・はなし・噺・HANASHI』でこの本を紹介しよう」と独断的にきめてしまいました。

 閑話休題(余計な話はこのぐらいにして)、 早速中尾さんの画文集からエッセイ「二度目の秋」(39ページ)とスケッチ「北官房胡同」(33ページ)を再現してみましょう。

 二度目の秋

 一九八五年の秋。

 北京の秋は素晴らしい。北京の二度目の秋であるが、やはり、この秋もそう思う。大陸性気候であるため、北京の夏は乾燥していてしのぎやすいと言われるが、ここでも夏は、やはり夏で、五月から八月なかばまでは、かなり暑い。それだけに、この暑さのあとに来る秋は、一層、素晴らしく感じられる。北京秋天。天安門広場に立って、十月、秋たけなわの蒼天を仰ぐと、空の色は天に向けていよいよ深く、単に蒼いというより、深い淵をのぞいた時の、底知れぬ無気味な色の蒼に見えるほどだ。この好季節も、日数を数えると、実は、九月末から十一月初めの僅かひと月余りの短い秋であることが分かる。爽やかな風と、高い蒼天の下の秋の好日も、このように冬に向けて足早に駆けてゆく、ひと月余の短い日々であることを思うと、この間にめぐってくる何度かの週末の休日の時間が、殊に、貴重に思われた。その休日が、その日一日だけで終わることなく、しばらくはこのまま続く秋天の毎日であってくれればと、この秋は、殊にそう思いたかった。

 こうして足早に移る季節のことは、あえて忘れようとして描いていたが、ある日、顔や指先に、風を冷たいと感じる日があって、この年、休日の外でのスケッチは、これで終わったことを知らされた。

 外で描くことのできる季節が、こうして終わったことに気がついて、あらためてこの秋をふり返ると、この年も、前年の秋同様に、やはりこの秋は短かったことが実感としてわいて来る。仕事の都合や、体調が勝れず、描けなかった週末を数えると、一層その感が深くなって、ゆく秋を惜しむことしきりとはなる。しかし、そうはいっても、余暇の余技としては、それなりの収穫もあったと自ら認めることで、なかば満ち足りた気持ちにもなるが、叶うことなら、せめてもうひと月、この秋がながければとの、せんないねがいも言えてくる。この秋は、私にとって二度目の秋だから、このように短いことは予期していた。このため、この秋の週末はかなり熱心に描いたので、体のどこかにいくぶん疲れも感じ始めているように思えて、やはり、この秋はこれで終わって良いのだと、自分に言いきかせて納得する。

 以上、中尾太郎さんのエッセイとスケッチを無断で借用させていただきました。30年も昔、同じ北京の胡同を歩きまわっていた。同い年1933年生まれの北京を愛する中国人と日本人の誼みで無礼をお許しください。多謝!

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十一回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回

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