第十六回 ~秋高気爽① ~
九月――北京がいちばん輝く秋の幕あけです。
突き抜けるように澄みわたった碧い空、金や銀の輝きを思わせる黄や白の菊の花、山肌を紅く染めるもみじ……天と地も万物がいちばんきらびやかな色彩の衣裳で着飾るのが北京の秋なのです。
こうした色彩を生みだしているもの、その一つは北京の秋のお天気でしょう。北京の秋のお天気は「秋高気爽」(秋高く気爽やか)の四文字に尽きます。
東京駐在の記者をしていたとき、NHKの天気予報でお馴味の倉嶋厚さんと知り合いになり、そのエッセイ集『お天気博士の四季暦』をいただきました。この本でも中国大陸の秋のお天気として「秋高気爽」が取り上げられていました。
秋高し空より青き南部富士(山口青邨)――秋高しは天高しと並んで日本の俳句の秋の季語にもなっていますが、北京をふくむ中国大陸の秋の晴天を英語では「ハイ・オータム・クリスプ・ウェザー」(high autumn crisp weather)というそうで、倉嶋さんのご本では、これは「秋高気爽」の訳文だろうと書かれていました。ちなみに、枕の上の研究社の『新英和中辞典』をひいてみますと、「クリスプ」の日本語訳として「空気、天気などがさわやか、すがすがしい」という訳もでていました。
ところで、北京のどこがいちばん「秋高し」「天高し」を感じさせてくれるのでしょうか。きっと天壇でしょう。故宮(明・清両王朝の皇居)から天安門を出て南に3キロ、ここに総面積237万平方メートルの天壇が設けられているのです。明の永楽十八年(1420年)に建てられといいますから、それから中国最後の封建王朝清朝が倒れる1912年までの五百年にわたって、歴代の皇帝がここに詣でて、自分に国を治める権力を授けてくれた天(神)に感謝し、国の政治を報告し、天の守護を願ってきたのです。
つまり、天壇は天(神)と天子(皇帝)との交流の場で、ここにはこれを妨げるもの、例えば高い建物の存在などは許されませんでした。そこで、ここに立ち東西南北を見わたすと、目に入るのは天、天、天……この定めは皇帝が姿を消したいまも守り続けられ、天壇のなかにも、その周りにも高い建物はなく、天を望む上での障碍はまったくないのです。こうして、天壇はいまも北京で「天高し」「秋高し」をいちばん堪能できる所となっているのです。
こうした魅力に誘われて、日本画壇の巨匠梅原龍三郎も秋の天壇を訪れ、北京の秋の空をパックにした天壇の本殿祈年殿を描いた『雲中天壇』などの名画を残しています。梅原龍三郎はこんな言葉も残しています。「北京の秋の空はまるで音楽を聞いているような空だった……」
——天壇の天高くして気爽やか——
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