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~東鱗西爪~

話・はなし・噺・HANASHI  李順然

第二十四回

――北京の冬――

 気象学では、五日間の平均気温10度以下を冬とする説があるそうです。この計算でいくと、北京の冬は10月23日から翌年の3月31日までとなるのです。なんと160日ぐらい、5ヶ月以上。

 南方人のわたしは、若いとき北京にやって来て北京に住みつき、かれこれ60年も北京で暮らしているのですが、最初の数年は冬が近づくと、その寒さ、長さを思いうんざりしたものです。

 でも、住めば都とはよく言ったものです。八十歳まであと数ケ月のいまでも、年年歳歳、北京の冬の楽しみを発見して喜んでいます。

 よく味覚の秋といいますが、北京は味覚の冬です。筆頭に挙げられるのは「涮羊肉(スウアン・ヤン・ロウ)」、羊の肉のシャブシャブでしょう。一頭から6キロぐらいしか取れない極上の羊の肉を紙のように薄く切って、炭火で煮えたぎる銅で造ったシャブシャブ専用のお鍋で「涮(スウアン)」するのです。「涮」を字引きで引くと「ゆすぐ」とか「すすぐ」といった訳がでてきますが、、まさにその通り。煮るのではなく煮えたぎる湯のなかでちょっと「すすぐ」のです。赤い肉がいくらか白くなったかなというところで、すばやく小皿に取り、ごまみそ、とうがらし油、エビのすり身ソース、ニラの花、香菜などなどを調合したたれを付けて食べるのです。肉を「涮」する合間合間に白菜、はる、さめ、お豆腐、ねぎ……などなどを煮るのもいいでしょう。左党の人は、アルコール度40度、50度のは白酒(バイチュウ)をチビリ、チビリとやるのもいいでしょうか。

 店を出るとホカホカウキウキ、頬を打つ北風の気持ちのよい冷たさ、まさに極楽です。ちなみに、「涮羊肉」の老舖は北京の銀座といわれる王府井の東安市場にある『東来順』です。

 

 味覚の冬はひとまずこの辺で。次はスポーツの冬、主役は皇帝の離宮や御苑だった頤和園、北海公園の池をはじめ、北京の池やくりがすべて天然のアイススケートのリンクとなるとだけ書いておきましょう。紙面がないので、あとはご想像におまかせします。もう一つ、読書の冬。地域ぐるみのスチームで部屋のなかはシャツだけでポカポカ、ホカホカの焼き芋をかじりながら、好きな音楽をCDで聞きながら、ソファーに横になり本のページをめくる、おもアは北風の吹く氷点下、まさに別天地です……

 わんさわんさとする北京の冬の楽しみ、そのなかでも横網は春節と呼ばれる旧暦のお正月の毎日です。旧暦の1月1日(来年は新暦の2月10日)前後の7日間から10日間が連休、毎日あれやこれやの行事の行列、それを太い棒のように貫いているのは、家であり、家族であり、祖先であり、故郷なのです。

 大晦日の夜には、一家でCCTV(中国中央テレビ)の看板番組「春節晩会」(「春節の夜の集り」)を観ながらトランプやゲームをしたり、おしゃべりをしたり、お菓子や果物を食べたり……、おもてでは爆竹が賑やかです。元旦のナインは餃子(ギョウザ)でしょう。一家団欒でテーブルを囲みます。子どもたちは、この席でおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんに新年のあいさつをし、お年玉をもらいます。おとしよりがわが家の歴史を語るのも、この席です。

 次の日からは、年始まわりやお寺参り、公園、映画館、商店街も家族づれで賑わいます。空港や列車の駅は里帰りの人や観光客で一杯です。この合間に民間行事に従って2日は「祭財神」、5日は「破五」、7日は「人日」……などを従う家もありです。そして、15 日の「元霄節」(灯龍の節句)で、春節の行事はひとまず幕を下ろします。

 最終日の元霄節の夜には、一家で机を囲んで満月の月を眺めながら元霄と呼ばれる小さな甘くて円いお団子を食べます。そして、新しい年の一家の円満を祈るのです。

 毎年のことですが、春節の明るい雰囲気に溢れる北京の街角に佇むわたしの顔には、家、家族、祖先、故郷……といった数文字が大きくクローズアップされるのです。そして、わたしの心には大自然の春よりも一足先に春の温もりがやって来るのです。

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

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