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第十回

苦熱

 七月は北京のいちばん熱い月です。七月の北京の平均気温は25.8度、最高気温は38.9度、最低気温は16.1度、最高気温はなんと東京より10度ほど高いのです。

 気象関係の人の話によると、平均気温が22度以上を夏、10度以下を冬、10度から22度までを春、秋とするそうですが、この標準でいくと、北京の夏は6月5日から9月7日までの95日間、春は4月1日から6月4日までの65日間、秋は9月8日から10月22日までの45日間、冬は10月23日から次の年の3月31日までのなんと160日間となるのです。

 この数字をみていて、四年ほどがんばって続けてきた「折折の漢詩」と「わたしの漢詩歳時記」というコーナーをお休みにせざるをえなくなった「科学的根拠」がわかりました。長い長い冬と夏を詠った漢詩は淋しくなるほど少なく、逆に短い短い春と秋を詠った漢詩は食傷するほど多いのです。これでは季節を詠った漢詩のコーナーが長続きするわけはありませんよね。そこで、春四月からこの「話・はなし・噺・HANASHI」というコーナーに移転したのです。

 このコーナーの左上の片隅に、「東鱗西爪」という漢字の小さなロゴが記されているのにお気づきでしようか。大修館の『中日大辞典』によると、この四字は「こまごまとしてまとまりのない文章」のことです。このコーナーは文字通り「東鱗西爪」、頭にひらめいたことを鉛筆で白い紙の上にさらさらと書く、あれやこれやの「定め」にはあまりとらわれない、もちろん季節にもこだわるがとらわれない。こうして、「折折」とか「歳時記」とかから、やっと解放されたわけです。

 「折折」「歳時記」から解放されたと言っても、ものを書いているとよく頭に浮かぶのは、やはり漢詩です。今回のタイトルの「苦熱」も漢詩から思い浮かんだのです。「折折」「歳時記」に苦心惨憺していたあのころの夏のページには「苦熱」というタイトルの詩が目立ちました。「苦熱(くねつ)に逢(あ)いて甚(たえる)を不(え)ず」と詠う唐・白居易(772~847年)の「苦熱」、「清風(せいふう)も力(ちから)の熱(ねつ)を屠(ほうむ)り得(え)ず」と詠う宋・王令(1032~1059年)の「暑旱苦熱」、「万国(ばんこく)洪炉(こうろ)の中(なか)に在(あ)るが如(ごと)し」と詠う王穀(晩唐の人)の「苦熱行」……さすがの秀才たちも七月の暑さにはお手あげだったようです。

 こうした大自然のもたらす苦熱を前にした人間の無力さを吾輩と蠅とのにらめっことパロディー風に詠った南宋四大家の一人楊万里(1127~1206年)の「苦熱」の最後のくだりを書き抜いて暑中見舞いに替えさせていただきます。 

 苦熱に喘ぐ吾輩行くところ無し 涼を求めて飛来しその吾輩に止まる蠅め 吾輩飛ぶこと出来ず追い払う力も無し 蠅めここ涼しと飛ぶ気配みせず……

 追記:書き忘れましたが、このコーナー俗称「東鱗西爪」――「話・はなし・噺・HANASHI」は、中国国際放送日本語ホームページ上のもう一つの雑文「東眺西望」の姉妹コーナーです。両方ともご愛読いただければ嬉しいです。前者はまとまりのないこと、後者は較べてみればいくらかまとまりがあることが特長です。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回
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