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第十五回 納 涼④

 前回で、わたしはクーラーが苦手だと書ききましたが、それではどうやって七月の最高気温39.6度、八月の最高気温38.3度という北京の夏の暑さに対処しているのでしょうか。

 ここには、わたし流の納涼の三種の神器があるのです。

 その一は、部屋の換気――空気の入れ替えです。朝の早いうちに(五時から六時ごろに)窓を開けてそとのひんやりした空気を部屋いっぱいに入れるのです。そして日が強くなる十時前後に窓を閉じ、厚いカーテンを下して熱い空気が部屋に入る遮断するのです。

 これは「老北京」、北京っ子が長い暮らしのなかで生みだした知恵で、朝夕と日中との気温差が激しく空気が乾燥している北京では、納涼効果がかなりあるようで、わたしはずっと愛用しています。わが家の無形文化財です。

 その二は、前回お話ししたうちわとせんすです。わたしは椰子の葉で作ったうちわの面が三十センチ以上という大きなうちわを愛用しています。夜のベットの傍に欠かせない納涼の武器になっています。

 こうしたうちわ、使っているうちに愛着を覚え、家内は布で縫い繕い、わたしはガムテープを貼って補強したりして、わが家の有形文化財になっています。

 その三は、三十数年前の夏、上海に住んでいる友人が北京に遊びに来てわが家に泊まるというので、あわててデパートで買った中国製の扇風機です。当ったとでもいうのでしょうか、この扇風機まったく故障する気配も見せず、三十数年一夏の如くわたしたち一家に涼しい風を送ってくれています。わが家自慢の骨董品です。

 納涼といえば、夏の飲みものにも触れなければ不公平でしょう。夏場に、北京市民は喉が渇いたと思うとまず頭に浮かぶのが西瓜です。夏になると、北京っ子は西瓜を「飲む」ように食べて喉を潤すのです。街角には西瓜を切り売りする屋台が姿をみせます。ちょっと古い数字ですが、1993年の夏に北京市民が食べた西瓜は一人当り45キロとなっています。一人あたり一夏でざっと20個ぐらい食べた計算になります。

 中国最後の封建王朝清朝の時代に書かれた北京の歳時記「燕京歳時記」には、この北京の西瓜について「随所でこれを食べることができる。暑気払いをすることもできるので、余は清涼飲料としている」と書かれています。

 この歳時記には、北京の伝統的な清涼飲料「酸梅湯」についても、次のように書かれていました。

 「酸梅湯」とは梅の実と氷砂糖とを一緒に煮て、玫瑰(ばら)と木犀(もくせい)を加えて調理し、それを冷やしたもの。飲めばその涼味が歯をふるわす」

 この酸梅湯は、このごろ外来のコカコーラやペプシコーラなどに押され気味で、あまり見かけなくなっています。ちょっと淋しいことです。ちなみに、コカコーラの中国名は「可口可楽」(味もよくまた楽し)、発音も原語に近くなかなかいいネーミングだと感心しています。ペプシコーラの中国名は「百事可楽」(すべてこれ楽し)、これも原語に近い発音で、いいネーミングですね。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十一回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第十回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第九回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回

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