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話・はなし・噺・HANASHI 李順然

第二十二回

落ち葉

 街路樹の落ち葉をゴトンゴトンと音をたて吸い込んでゆっくり走って行く清掃車。この車の入れない歩道を大きな箒でサアーサアーサアーと掃除する音で眼をさます今日のこのごろ、日の出が晩くなっているので、まだうす暗いうちから、サアーサアーサアーがリズミカルに聞こえてきます。

 このころになると、いつも頭に浮かぶのは劉宋(420~479年)の青渓小姑が書いた「落葉」という詩です。

 日暮風吹/落葉依枝/寸心丹意/愁君未知

 世界最短といわれる俳句よりも一字少ない十六文字の四言四句、こんな訳になります。

 日暮(ひぐ)ぐれどき風吹(かぜふ)きて

 落葉(おちば)ひとつ枝(えだ)に依(すが)る

 寸心(わがこころ)にもえる丹(あか)き意(おもい)

 君(きみ)の未(ま)だ知(し)らざるを愁(うれ)う  

 枝にしがみつくようにして堪えている一枚の紅い葉に自分の燃えるような恋心を重ね、この想いがあの人に伝わっていないのではと嘆く娘心を綴る青渓小姑の十六文字、わたしの好きな漢詩ベストテンにいつも名を連れる秀作です。青渓は地名、小姑は一族のいちばん下の娘、大家族制度のもとでの小姑の役割は独特で、兄嫁たちも一目置く存在です。小姑には勝ち気の人が多く、この土地の役人蒋子文のいちばん下の妹青渓小姑も勝ち気の才女だったのでしょう。さしずめ、中国の坂上郎女といったところでしょうか。残念ながら残された詩がきわめて少なく本名の生没年も不詳の読み人知らず的な存在の詩人です。

 そういえば、「落葉」というタイトルでもう一首とても気に入っている漢詩があります。ご紹介しましょう。清(1644~1911年)の釈清恒というあまり名を知られていない詩人の詩です。

 蕭蕭復蕭蕭/可聴不可数/山童睡忽驚/報道窓前雨

 日本語訳はこの道の大家土岐善磨さんの名訳です。

 さらさらまたさらさら

 聴けども数えがたし

 わらべは驚き覚め

 窓辺の雨を告げし

 わらべは、葉が落ちるさらさらという音を雨かと聴き間違えたのでしょう。秋の詩には珍しく、明るくユーモラスなので気に入っています。

 自動車の騒音と高層ビルに囲まれたマンションの十二階に住む昨今のわたし、「さらさら」という落ち葉の奏でる音楽は、思い出の世界のものとなりました。

 そういえば、北京の木の葉にはポプラのように木の上で緑を残したまま枯れてしまうものも少なくありません。馳け足でやってくる冬、乾燥した冬のせいでしょうか。

 春の散る花は「ひらひら」、秋の落ち葉は「さらさら」、枝先で枯れてしまった緑の落ちばは、さしずめ「からから」、日本語の擬音語は実に繊細で豊富だなあと思いました。

 追記:ひょっと開いた中尾太郎さんの画文集『北京の風景』の「落葉の音」というタイトルのページが目に止まりました。ちょっと、そのひとくだりを抜き書きさせていただきましょう。中尾さんは商社の駐在員として北京で暮らしていた方ですスケッチも中尾さんのもので「北京郊外北西1985Nov」と記されていました。

 「……イーゼルを立て、絵具箱を開き、画帖をひろげると、頭上の枝が葉を落してくる。近くに、また遠いところに、風が梢を渡るごとに乾いた音をたてて葉も落して来る。プラタナスの一種で、遠くから眺めたあの梢に残っていた木の葉であろうが、手にとってみると、思ったより葉は大きくて、それだけに落葉の音もはっきりと聞きとれる。静かな果樹園の中で、風と落葉の音が、ゆく秋の時間を数えてゆく」

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二十一回
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