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第九回   胡主席の卓球 温首相の野球

 中国の指導者の日本訪問、いそがしいスケジュールの合間を縫って日本の一般市民との交流を心がけているようです。こうした様子は中国のテレビの全国ネットを通じて中国の一般市民の茶の間にも伝えられています。胡錦涛主席がお得意の卓球で、温家宝首相がお得意の野球で、日本の市民と交流している模様もテレビで伝えられていました。

 テレビで流された胡錦涛さんの卓球の相手は、なんと日本女子シングルスの王者福原愛さん、胡さんは文字通り全力投球、胡さんが突如放ったするどいスマッシュに中日双方の「客観」から「おう」というどよめきと拍手が起きる一幕もありました。

 福原さんは中国東北地方のチームに所属していたことがあり、中国語が話せます。しばしの打ちおいが終ると二人は握手を交し、なごやかに笑顔で話しあっていました。

 スクリーンに映る胡錦涛さんの打法というか、フォームを観ていて、とても懐かしく思いました。というのは1961年に北京で開かれた世界卓球選手権での中国選手の大活躍がテレビで実況中継されてから中国はどこも卓球ブーム。胡さんは1965年清華大学の水利学部卒業、きっとこうしたブームのなかで卓球の腕を磨いたのではないでしょうか。わたしの勤務先である中国国際放送局でもこうしたブームが起りました。休み時間になると、ラケットを持って卓球台の前に「殺到」、卓球台の前にはすぐに列ができました。みんなに順番が早く回って来るように、五点勝負、連勝したら自発的に退場などなど独自のルールが設けられていました。胡さんの卓球も、こうした「土俵」で磨かれたのだろうと独断的に考え、この「土俵」出身の一人としてとても懐かしく感じたのです。この「土俵」にはコーチなどいるわけがなくすべて自己流、フォームなどにこだわらないねばり強い守りと突如発せられる稲妻のようなスマツシュなどなど、がんばり精神がこの「土俵」出身者共通の特長でした。胡さんと福原さんの対戦を観ながら、わたしは半世紀も昔の「土俵」仲間たちのことを懐かしく思い出していたのです。ちなみに、現在の中国の卓球人口は7000万人だそうです。

 次は首相の温家宝さん。中国のテレビの全国ネットでは東京の代々木公園でジョキングを楽しんだあと、居合わせた太極拳愛好者の輪に仲間入りしてゆっくり体を動かしている姿が映されていました。

 また、上智大学のグランドでここの野球部員とキャッチボールやトスバッティングをしている姿が映しだされ、驚きました。温さんが野球をするなんて、まったく初目、初耳だったのです。

 数日後に届いた『朝日新聞』には、バッティングをしている温さんの写真がでていましたが、なかなかいいフォーム、記者の「ボールを巧みにとらえて広角に打球を打ち分けていた」ということばが添えられていました。

 ところで、中国の野球人口は最近いくらか増えているそうですが、まだまだきわめてきわめて少ないといえましょう。こうしたなかで、温家宝さんはいつ、どこで野球を身に付けたのでしょうか。アトランタオリンピックで銀メダルを獲得した中国のソフトボールチームの監督で野球事情にくわしい李敏寛さんに聞いてみました。李さんは、こう話してくれました。

 「多分、母校の北京地質学院(現在の北京地質大学)在学中でしょう。温さんはこの大学を1965年に卒業していますが、あのころの北京地質学院は野球がずば抜けて強く、いつも全国一でした。きっとここで野球に触れたのでしょう。ひょっとすると、高校時代からかも知れません。温さんは天津の人でしょう。あのころ天津にはやはり野球がずば抜けに強い高校が数校ありました……」

 胡錦涛さんの鋭いスマツシュ、温家宝さんの巧みなバッティング……、それに温かい笑顔と拍手を送る日本の人たち、中国のテレビから流れるこうしたシーンを観ながら、わたしも笑顔を浮かべ拍手を送っていました。中日両国民は仲良く付き合っていかなければならないし、きっとそうしていけるとつくづく感じるのでした。そして、メディアのOBの一人として、メディアがこうした面ではたす重い役割をつくづく感じ、メディア人は常に平和友好を念頭において仕事をしていかなければいけないなとつくづく感じるのでした。

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した内容
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第八回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第七回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第六回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第五回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第四回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第三回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第二回
☆ 話・はなし・噺・HANASHI~第一回
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