夏さんが、こうした考えを強くしたのには、一つのきつかけがあったようだ。夏さんは、その著『日本回憶』(東京・東方書店)の自序で次のようなことを書いている。
――第二次世界大戦の末期、重慶にいた夏さんら日本に留学したことのある、いわゆる「日本通」の友人たちは、日本は『ポツダム宣言』を受け入れないだろう。無条件降伏はしないだろうと、話しあっていた。ところが、ちょうどそのころ、日本語も話せず、日本に行ったこともないアメリカの文化人類学者、ルース・ベネテイクト(『菊と刀』の著者)は『日本はポツダム宣言』を受け入れるだろうという報告をアメリカ政府に提出している。
ベネディクトの判断は正しかった。なぜだろうか。夏さんは、その原因としてべネデイクトが文化人類学という科学を踏まえて、日本を科学的に分析したことをあげ、われわれにはこうした科学的な態度が欠けていたと反省している。
そして、『日本回憶』の自序の最後を、「(中日両国民は)今こそ、冷静になって、心から真摯に理解を深めあうべき時だ」と結んだ。
夏さんは、一九九〇年に発足した日本研究の中国の全国的学術団体である中華日本学会の名誉会長に推された。夏さん九十歳の時のことだが、その成立に際して夏さんは「百年来、科学的な方法で日本の国民性、民族性を研究した人は極めて少ない」と述べ、日本の諸問題を科学的な態度で、さらに深く研究するよう訴えた。これは、二十世紀の中日間の狭間にあって生きた、誠実な中国の知識人が、二十一世紀に残した貴重な遺言だといえよう。冷静な、科学的な態度で相手の国民性、民族性を深く研究して、初めて相互理解を深め、真の友好を築くことができる、と語りかけているのである。
追記:
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