――優しい心 誠実な心――
やはりこの日のことだ。宇都宮徳馬さんは「実は、わたしの家内は中国の大連で生まれたんですよ。でも忙しさにかこつけて、まだ一度も大連に連れていっていない。済まないと思っているんだけど……。身体も悪いので、もう無理かもしれない。この点からいうと、わたしの日中友好協会会長は落第ですね」と静かに話された。
こう語る宇都宮徳馬さんはわたしの目を避けるように窓のそとに目をやったが、その誠実さにあふれる横顔を見ながら、わたしは思った。真に平和友好を願い、軍縮を求める人は、優しい心の持ち主、誠実な心の持ち主なのだろう。こうした優しい心、誠実な心こそが、平和な明るい21世紀を若者たちに遺そうという宇都宮さんの信条の原点なのだろうと。
追記:宇都宮徳馬さんは、そのお話のなかで、平和にしろ、友好にしろ、それを実現するには勇気がいると繰り返されいた。そして、この点では石橋湛山(元首相)さんは勇気のある言行一致の政治家だったと言って、石橋さんが残したこんな言葉を紹介してくれた。「日本は平和のためには滅びでもいいくらいな覚悟で尽くさなければいけない」。石橋さんは、軍部専制の戦争にあけくれるあの暗い日々にも、堂々と「中国から一切手を引け」「朝鮮も台湾も進んで放棄せよ」「兵営の代りに学校を、軍艦の代りに工場を」「小さくても、平和で豊かで道義性の高い日本を作れ」といい続けた人だという。
宇都宮徳馬さんの語る石橋湛山像から、わたしは平和について、友好について多くのことを学ぶことができた。石橋さんは七十九歳のご高齢で中国を訪れ、毛沢東さん、周恩来さんとも合っている。
「日本は平和のためには滅びてもいいというぐらいの覚悟で尽くさなければいけない」という石橋湛山さんのことばとともに、わたしの頭に浮かんだのは、宇都宮徳馬さんと親交のあった中国の知日派劉徳有さん(元中国文化次官)から聞いた宇都宮徳馬さんのこんなことばだった。
「原爆を落されて死ぬくらいだったら、原爆に反対して死んだほうがいい」
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