会員登録
(三)外国語上達法いろは

-日本人の中国語が上手くなった-

 長いこと、日本人は中国語に弱い、とくに話すのが苦手だという偏見を持っていた。ところがここ十年このかた、この偏見が崩れつつある。

 中国人と同じように流暢に、生き生きと中国語を話す日本人が、わたしのまわりに一人、また一人と出現しているのだ。みな日本生まれ、日本育ちの正真正銘の日本人である。

 決定打となったのは、北京のテレビが放映した公開トーク番組だった。この番組のゲストは北京の大学で学ぶ二人の日本人留学生、日本生まれ、日本育ち、二十代の正真正銘の日本のわかものだった。

 トークの内容は、日本のわかものの北京での暮らし、そして二人の目に映った北京市民の暮らしだったが、二人の話すことばは正真正銘、百パーセントの中国語、ときどき北京っ子の話す「北京弁」もまじえての熱演で、すっかり驚かされた。これが日本人かと耳を疑い、目を疑ったのである。

 テレビのスイッチを入れたのが、番組終了前の7、8分ぐらいのところだったのだが、これで十分、会場の百人ほど、いや二百人ほどの北京の老若男女は、二人の話しに微笑んだり、拍手をしたり、すっかり魅了された様子だった。その表情には好意そのものが感じられた。

-中国語上達のカギは-

 テレビに映る二人の日本人留学生の表情を見ながら、その言葉を聞きながらお二人の中国語上達の秘訣は、なんだろうと考えた。

 まったくの素人の乱暴な独断だが、「積極、開放、持続」の六文字が頭に浮かんだ。二人は、決して「閉門造車」(門を閉じて車を造る)ではないだろう。教室に閉じ籠もって書物に齧り付いていたのではないだろう。大胆に北京の街に飛びだして、大きな声で北京市民との会話を楽しみ、大勢の人を相手に交流をしていたのだろう。

 そこで、お二人の外国語上達の秘訣をわたし流に総括すれば「大胆に話す」「大きな声で話す」「大勢の人の前で話す」の「三大」となったのだ。

 ちなみに、わたしは北京放送(中国国際放送)の日本語部で、中国の大学で日本語を学んだわかものたちのアナウンサーの訓練のお手伝いをしたことがある。そこで発見したのは、小さな声でもじもじしながら、もぐもぐ話す人の日本語はなかなか上達しないということだ。その逆に大胆に、大きな声で、大勢の人の前でも堂々と話す人は伸びる。これもわたし流の「三大」の根拠の一つなのである。

-先輩たちのアドバイス-

「江戸っ子」中国人の廖承志さん

一生北京を描き続けた
大作家 老舎さん

 「三大」-あまりにも乱暴かつ独断なので、ちょっと著名人のエピソードや談話に援軍を求めることにしよう。

 まず登場していただくのは東京生まれ、東京育ち、「江戸っ子」中国人の廖承志さん、中国共産党中央政治局員といういかめしい肩書きを持っていたが、いたってソフトな人柄、中日友好協会の会長や北京放送の局長をしていたこともある。もちろん、「べらんめえ調」の日本語を話す。廖さんが北京放送の局長をしていたころ、こんなことを言った。

 「北京放送の日本語部のオフィスに入ったら、中国語はカバンのなかに仕舞っちゃって日本語を使えよ。日本語部のオフィスでは、日本語が公用語、大胆に大きな声で話すんだ。恥ずかしがらずに……大きな声で話せば、アクセントとか、発音とか、まわりの人にチェックしてもらえるぜ」

 こうして日本語部のオフィスでは、日本語を使うことが不文律の定めとなってきた。のちに、中国の駐日公使、外交部長(外相)、国務委員(副首相級の閣僚)となった唐家璇(とうかせん)さんも、この日本語部のオフィスで日本語を磨いた一人である。

 次は、一生北京を描き続けた中国の大作家老舎さん。老舎さんはロンドンで五年、ニューヨークで四年暮らしているが講演やレクチャーは、直接英語を使っていた。

 この英語力はどこから生まれたのだろうか。ご令息の舒乙さんが書いたエッセイ「老舎の趣味」のひとくだりをみればわかる。こう書いている。

 「老舎は仕事の合間によく英語の本を大声で朗読していた。一気に30分も続ける。変わった趣味である……外国語朗読の習慣は、なんと一生続いたのだ」

 次も大声論者で、中国のラストエンペラー、かいらい満州国の皇帝・溥儀の弟の溥傑さん。溥傑さんは日本の陸軍士官学校に留学していた。

 「士官学校では、しぼられましたね。いちばん苦手だったのは上官にたいする報告、声が小さいと何回でもやりなおし、でも大声の報告、日本語の勉強には役立ちましたよ。日本語を話す度胸がつきましたね」

ラストエンペラー 溥儀の皇弟の溥傑さん
(左は筆者、北京放送スタジオ)

英語・ロシア語に精通する前副総理李嵐清さん
(右は筆者、中南海の李さんのオフィスで)

 英語、ロシア語に精通する前副総理の李嵐清さんも大胆、大声には賛成、取材の合間の雑談でこう話していた。

 「わたしが最初にならった外国語は日本語でした。でも、押し付けられての勉強、ぜんぜん身が入りませんでした。すっかり忘れてしまいましたよ」「外国語習得には、大胆に使うこと、大きな声で朗読するのが効果的ですね」

 どうやら、わたしの唱える乱暴、独断の「三大」にも、いくらか理もあるようだ。

-ちょっと補足-

 筆を擱こうとしていて、ふっと重大な「大」が頭に浮かんだ。

 一昔前の話だが、中央人民放送局(中国国内放送の中国語全国ネット)のアナウンサーと同じスタジオを使って仕事をしていたころのことだ。スタジオのガラスごしに見る中国語アナウンサーたちの口の動きの大きいこと、口を尖らせたり、左右に開いたり、上下に空けたり……これに較べて、日本のテレビに映る日本語アナウンサーの口の動きは、実に「つつましく」「おしとやか」だ。この辺に中国語と日本語の発音・発声の根本的な差異があるのかも知れない。

 そこで、「大きく口を動かして話すこと」を「三大」の重大補足として付け加えておく。外国語全体ではなく、中国語と日本語とのあいだに限っての話かもしれないが……

 (文責:李順然)

作者のプロフィール
 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。
紹介した『東眺西望』
  • 東眺西望(二)
  • 東眺西望(一)
  • More>>
    関連内容