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日本の作家藤森成吉さん(左)と握手を交す毛沢東さん(右)。1961年10月7日、北京中南海、(中)は通訳をする劉徳有さん |
毛沢東さんと姓名といえば、中日両国語の達人、中国の名通訳、のちに文化部副部長(文化次官)になった劉徳有さんから、こんな話を聞いたことがある。
劉さんが毛沢東さんの通訳をしたときのことだ。お客さんが来る前のひととき、毛さんから「君の名前は?」とたずねられた。劉さんが「劉徳有です」と答えると、毛さんは顔をほころばせながら「ほう、徳有、徳は有るかね」と言葉を続けた。劉さんは「有る」とも言えず、「無い」とも言えず戸惑っていると、傍らにいた趙安博さん(元中日友好協会秘書長)が「好青年ですよ」と助け船をだしてくれたというのだ。
ところで、劉徳有さんに「徳有」という名前をつけてくれたのは、故郷である中国東北地方大連の寺小屋の山東からきた老先生で、孔子の「徳は孤(こ)ならず 必ず隣(りん)有り」(徳不孤 必有隣)ということばから採ったものだそうだ。 劉さんとは、政治協商会議の全国委員をしていた十年のあいだ同じグループ(対外友好界)だったので、会議のときにはいつもお隣に座って、いろいろ教えていただいた。
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