「ははっはっは!お前さんもかなり飲めるが、顔がおかしく見えるぜ。ああそうか!初めからおかしな顔してたのか!」
「なんだと!?このやろう。お前酔っ払ったな!そうとなれば、俺の勝ちだ!」
「冗談じゃない。こんな酒ぐらいで俺が酔うもんか!何しろお前はおかしな面してるよ。馬鹿な顔してるといっていいな」
これに大男は怒り出した。
「このやろう!お前が酔ってるからお前にちゃんと答えてやったんだ。それをなんだと?このやろう。いくら酔っていたって人を馬鹿にするんじゃねえ」
「馬鹿にするったって、初めから馬鹿だったんだろう」
「このやろう!言わしておけば調子に乗りやがって!」と大男は不意に立ち上がった。しかし裴度の方は座ったままでニヤニヤしている。これを見た大男、自慢の大きな拳骨で、裴度の顔を力いっぱい殴ろうとした。ところが、その拳骨が裴度の顔に当たる前に、裴度の左手がすばやく伸びてきて、その拳骨をぎゅっとつかむ。これに驚いた大男は、拳骨を引っ込めようとしたが、拳骨は鉄の中に嵌ったようにびくとも動かない。これには大男だけでなく、ごろつき達も驚き、みんな立ち上がった。そして頭らしい男がいう。「何だ、お前は!?俺たちになんの用だ!俺たちが誰か知っているのか!」
「ああ、知ってるよ」
「っだと?打ちのめされたいのか!!」
「いや、冗談じゃないよ。そんなことはまっぴらだ!」
「それじゃ、おとなしくしてろ!」
「そうかい?おとなしくしてるのはこの馬鹿な顔をした大男じゃあないのかえ」
と裴度は、自分に拳骨を握られたままでいる大男をみた。実は大男は自分の拳骨がすごい力で握られ、右の肩から下がしびれだしたので汗をかき、いくらか震えだした。そこで、裴度は「お前さんは、隅っこでおとなしくしてろ!」と拳骨を握った左手をぐいっと前に押した。するとどうしたことが、大男はものすごい力に跳ね飛ばされたように、店の隅っこの方に飛んでゆき、そこにたっている大きな柱にいやというほど頭をぶつけて気を失ってしまった。これにごろつきたちはびっくり。あんな大男を片手だけで吹っ飛ばしたのだから、これは只者ではないと悟り、それっ!と渡り合う構えをしたり、得意の得物を手にしたり、それはいずれも武術を学んだ人間なので、すばやい。
これを見た裴度は、なおもニヤニヤ笑って立ち上がり、「この店に迷惑かけるんじゃねえ、ごろつきども!外へ出やがれ!」といい、一飛びしただけで店の外にでた。これをみたごろつきたちは、それに続き外に走り出た。
で、それまで外で待っていた胡証は、裴度が飛んで出てきたので、いったいどうしたのかと心配そうな顔をしたが、それを察してか、裴度は胡証をみてにやっと笑った。これに胡証は安心。あとは見物するだけ。もちろん、外では「喧嘩だ!喧嘩だ!」と人が集まり、遠くから見ている。そのうちに、これら見物人たちは今日の喧嘩は一人対数人だということがわかり、その上、人数が多い方はこの町では悪名高きごろつきだと知り、また悪さ始めやがったとため息。もちろん、ごろつきたちの腕を知っている人たちは、一人で数人のごろつきと渡り合う裴度を気の毒がった。「あの強いごろつきどもが相手じゃ、あの若いのは危ないな。また大怪我するぞ」
「ほんとうだ!半殺しにされるよ」
「でもよ!ごろつきども、今日は一人少ないぜ。あの大男がいないぜ」
「何はともあれ。あの若いのがやられるのを見たくわねえな」と、見物人たちは勝手に話している。
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