「夏の夢」
唐の長慶年間に、石憲という太原の行商人が、雁門関あたりで道を急いでいた。時は暑い夏で、汗びっしょりになった石憲は、これはたまらんとある大きな樹の下で休んだが、そのうちに寝てしまった。そして夢をみた。
夢の中で一人のお坊さんが出てきた。この坊さん、目が驚くほど大きく、古びた袈裟をまとっている。これに石憲はびっくりしたが、その坊さんがいう。
「わたしは五台山の南のふもとにおりますが、そこには大きな森と池があり、とても静かで、私どもが夏の暑さを逃れるにはもってこいのところであってな。、わたしと共にそこ行きたくはありませんかな?というのは、施主は病にかかっておられ、それもひどくなっておられますぞ。もしわたしと一緒に行かねば、あとで後悔しても始まらんですぞ」
石憲は、自分がいつのまにか重い病にかかっていたと聞き、恐ろしくなたので「では、お供します」とこたえてしまった。こうして石憲は、このお坊さんについていった。そして大きな山を周ったところに森があり、中に入ると池があった。みると池には多くのお坊さんが水浴びし、そしてどのお坊さんも、同じように目がとても大きかった、不思議に思った石憲が顔をしかめていると、自分を連れてきたお坊さんがいう。
「この池は玄陰池といいましてな。暑さを凌いでくれるのでわたしの弟子たちが、こうしてここで休んでいるのです。さあ、病を治すのであれば、水に入りなされ」
しかし、石憲は泳ぎは下手であり、その上、眼の大きなお坊さんたちが気味が悪く、「わたしは岸で休んでいます」という。そこでかのお坊さんは苦いか顔して一人で池に入った。石憲はここに来ていくらか涼しくなったので、黙って池や周りの景色を眺めていた。そのうちに日が暮れ始めた。そこでかのお坊さんがいう。
「どうです?わたしの弟子たちの読経をききませんか?」と、お坊さんたちは水の中に並んで立ち、手を合わせて読経を始めた。これを聞いて石憲は、この読経の声が何かに似ているなと感じたが、それがなんだかすぐには思い出せない。このとき、池の中のお坊さんが、「どうです?池入ってきたら?気持ちよいですぞ。怖がることはない。池は浅いし、おぼれることもありますまい」とさそう。
池は浅いと聞いた石憲、いくらか迷ったが、大丈夫だろうと思って池に入ったが、体中に寒気が走った。そこで夢から覚めた。石憲が起き上がってみると、自分はやはりかの大きな樹の下におり、なんと全身びしょぬれになっていて、本当に寒気がする。それに日が暮れ始めていたので、あわてて先を急ぐと何軒かの家があった。金を出してそのうちの大きな一軒に泊めてもらい、熱々の夕餉をすましたあと、持参の薬を呑んでその夜はぐっすり寝た。
さて、翌日目を覚ました石憲が、その家の主にきく。
「この近くに森の中にある池はありませんか?」
「うん?森の中の池。そうですなあ。そういえば、あの山の南のふもとに行けば、森があり、中に池があったようですが・・。しかし、ここ何年かは、あそこは気味が悪いといって足を運ぶものはおらんようだが・・」
これを聞き石憲は腹ごしらえをしたあと支度をして、家の主のいうとおり、つまり、あの夢の中でお坊さんに連れて行かれたとおりに山をまわり、やっとのことで森を見つけ、かの池のそばに来た。いくらか怖気づいたが、勇気を出して池を回り始めると、なんと多くの蛙がいて、いっせいに鳴き始めた。この声に石憲は、夢の中で聞いた池の中のお坊さnたちの読経の声を思い出し。ぞっとした。
「夢の中の坊さんたちの正体はこれだったのか・・」
石憲は、急に寒気がしたが、気を取り直すように、早足でそこを離れていったわい!!
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