「うん?味がすこしちがうぞ」と思いながらも飲み始めた。何しろ、李白の飲む量が多いので、薄い酒でも酔う。やがで李白はいつものように気持ちよくなり、もって来た徳利に酒を詰めてもらい帰った。こうして数日が過ぎた。が、李白は居酒屋に来ても何も言わずに飲んでいる。そこでこの日、オヤジは徳利になんと水を入れて李白に渡した。このとき、李白は懐から銀二枚を出して、これでこれまでの付けは返したといい、銀をオヤジに渡して店を出た。オヤジは黙ってニヤニヤしていた。
さて、船に帰った李白、帰りみちに吹かれた風に酔いがいくらかさめ、「こりゃあもの足りない、これではよい詩はできん」と徳利を取って杯に酒を注ぎ口に運んだ。
「ペッ!これはなんだ!水ではないか!」と怒った李白、店のオヤジを怒鳴りつけに行こうと思ったが、くだらん者と言い争っても仕方がないとあきらめた。しかし、ここら一帯の居酒屋はあの店だけだから、あの店に行かないということは酒が飲めないということ。酒から離れられない自分が騙されたのに、また、のこのこと店に行くと恥になる。それもそうである。李白は都では皇帝にもおべっかなど使わないのだ。しかし、酒はどうする?李白は考え込んだ。
こうして李白はこの夜は眠れなくなり、起きて詩を書こうとしたが酒がないので頭が思ったとおりに働かない。一斗の酒で詩百首と言われているほどで酒は自分とは切っても切れないもの。強いて言えば酒がなくては生きていけないのだ。
「これではどうにもならん。どうしたらいいものか」
と李白は降り出した雨の船の屋根をうつ音を耳にしながらうなだれた。
次の日、雨がやんだので李白は病み上がりのように岸に上がりふらふら歩き出したところ、前方に茅小屋がみえ、そこから李白が来るのを待っていたかのように一人の白髪頭のじいさんが出てきた。そして李白に笑いかけ、小屋に入るよう勧める。そこで李白がいわれるまま小屋に入ると、じいさんは、地べたに跪き「命の恩人、お待ちしておりましたぞや」という。これに李白がびっくりしてどういうことかと聞く。
「わしは紀というもので、故郷は幽州でござります。あの年は日照りが続く凶作で、腹をすかしたわしと女房は、飢えを凌ぐために息子を連れ、山で木の皮を剥いておりました。そこになんと二匹の虎が出てきて女房が食われたので、私と子供が腰を抜かしておりますと、あなた様が現れ、弓矢で虎を見事に射殺されました。こうしてわしと息子は助かったのでございます」
「おお。そんなことがあったな。いや、私は当たり前のことをやったまでだ」
「そのあと、この恩をお返ししようとわしはあなた様をずっとさがしておりました。都ではわしのようなものはあなた様にお会いできません。のちにあなた様が都を離れ、金陵から廬山、そしてここ采石磯に移ってこられたと聞き、ふるさとでの用をやっと済ましてここに参り、いまは獲った魚や山で刈った芝を売って暮らしております」
「おお。そうであったか。で、息子さんは?」
「はい、ここらで一つしかない居酒屋で手代として働いておりましたが、急にやめさせられました。今は山に芝刈りに行って家にはおりませんが」
「え?というとあの店の・・・・」
李白はかの居酒屋の手代がどうして自分によくしたかがやっとわかった。
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