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平松守彦:中国農民の所得増加を実現した日本知事

2009-11-25 17:32:14     cri    

 入選理由

 平松守彦は中国各地を訪れ、地域の特色を持った特産品を育てることにより、人々の所得増加を図った、いわゆる「一村一品運動」を積極的に広め、日本の技術者を中国に派遣したりしました。現在になって、平松氏が主張した「一村一品運動」は中国で普及し、中国の農村部の人々が富を作る重要な手段となりました。平松氏は大分県・上海間の直行便の開通にも拍車をかけました。

 中国との縁

 「一村一品」は日本の大分県で始められた地域振興運動ですが、今の中国でも普及し始めました。大分県の前知事、「一村一品運動」を打ち出した平松氏は、「一村一品」の経験を中国各地に伝えるほか、中国から来た研修生を引き受けたり、日本の技術者を中国に派遣したりしていました。平松氏が中国の地方経済の活性化に寄与したことが認められ、2002年に中国政府による「友誼賞」に入賞しました。

 1979年から、当時の平松守彦大分県知事は「一村一品」運動を提唱し、人口が多く、資源が乏しい大分県の全市町村で地域の特色をもった特産品を育てることを実施し、日本全国に通用するブランドを生み出し、さらに大分県の物産を国際市場へ進出させることに成功し、大分県の地域経済の活性化を促しました。20数年後、「一村一品運動」はアジア、アフリカと南米の諸国にも広がり、著しい成果を収めました。

 1983年8月、平松氏は初めて上海を訪問し、「一村一品」を普及する演説を行いました。その後、上海では「一場一品」(それぞれの工場が特色を生かした製品を持つこと)、武漢では「一村一宝」などの運動が相次いで展開されるようになりました。平松氏は現在、南京師範大学、湖北の華中農業大学と甘粛の甘粛農業大学の名誉教授を務めています。

 1996年、平松氏が甘粛を訪れた際、甘粛農業大学の名誉教授に任命されました。「一村一品運動」を通じて、甘粛の牛肉ラーメン、ホワイトメロン、蕎麦などが中国国内で通用するブランドとなりました。陝西省も2000年から「一村一品運動」を展開し、棗、栗、胡桃などをはじめとするドライ・フルーツの加工業を所得増加や対外貿易の基幹産業に成長させました。江西省は2002年から「一村一品運動」を普及し、5割以上の農民の所得増加を実現しました。雲南省でも、「一村一品運動」を通じてプーアル茶の生産、加工に取り組み、雲南プーアル茶は国内外に通用するブランドとなりました。湖北省は「一村一品運動」を通じて、みかん、ネーブルオレンジ、梨、水稲、水産物、家禽、切花などを主とする産業拠点を設け、農業の産業化をほぼ実現し、農民の年間所得を5%から8%まで増やしました。

 平松守彦氏は中国を訪れた際、中国の記者に対して、「一村一品運動の展開には、農業協同組合の力が欠かせない。農業協同組合が現地の強みのある資源を掘り出し、二次加工などを施し、そこからより多くの利益を作り出すことができる。中国には豊かな資源があるので、強みのある資源に頼って特色のある産業を発展させることができる」と強調しました。平松氏はまた、三つの原則を取り上げました。まずは、ローカルに基づき、全世界を視野に入れること。つまり、地域の特色を持つ文化を生み出しながら、全国ないし世界に通用する特産品を作ることができます。それに、自主自立し、革新に取り組むこと。すなわち、「一村一品」の対象を選び、育てることは現地の人が自主的に決め、実施します。一村三品でもいいし、一村二品でも構いません。政府は技術と市場に限ってサポートを提供し、ほかの決定権を持ちません。最後に、人材を育成すること。人材の育成は「一村一品」運動が目指す最終的な目標です。予見性のあるリーダーがいなければ、「一村一品」運動は成功を遂げられません。チャレンジー精神と想像力に富んだ人材を育成することは極めて重要です。

 【略歴】

 昭和16年(1941)  3月 大分県立大分中学校卒業

 昭和18年(1943)  9月 第五高等学校卒業

 昭和24年(1949)  3月 東京大学法学部卒業

 昭和24年(1949)  4月 商工省入省(現・経済産業省)

 昭和39年(1964)  4月 通商産業省(現・経済産業省)企業局産業公害課長

 昭和40年(1965)  6月 通商産業省鉱山局石油計画課長

 昭和42年(1967) 10月 通商産業省貿易振興局輸出保険課長

 昭和44年(1969)  7月 通商産業省電子政策課長

 昭和48年(1973)  7月 通商産業省基礎産業局総務課長

 昭和49年(1974)  6月 国土庁(現・国土交通省)長官官房審議官

 昭和50年(1975)  7月 大分県副知事

 昭和54年(1979)  4月 大分県知事当選就任

 昭和58年(1983)  4月 大分県知事再選就任  

 昭和62年(1987)  4月 大分県知事三選就任

 平成 3年(1991)  4月 大分県知事四選就任

 平成 3年(1991)  5月 九州地方知事会長就任

 平成 5年(1993)  6月 大規模林業圏開発推進連盟会長就任

 平成 7年(1995)  4月 大分県知事五選就任

 平成 7年(1995)  7月 全国高速道路建設協議会長就任

 平成10年(1998) 10月 全国港湾整備・振興促進協議会長就任

 平成11年(1999)  4月 大分県知事六選就任

 平成15年(2003)  4月 大分県知事退任(任期満了による)

 平成15年(2003)  6月 全国高速道路建設協議顧問就任

 【受賞歴】

 昭和57年(1982) 10月     ブラジル連邦共和国 イピランガ勲章受章

 昭和58年(1983)  7月29日 最優秀プロデューサー賞受賞

 昭和58年(1983) 11月25日 地域文化デザイン賞受賞

 昭和61年(1986)  1月14日 経済界大賞特別賞受賞

 昭和63年(1988)  6月 6日 ブラジル連邦共和国  クルゼイ・ド・スル勲章受章

 昭和63年(1988) 12月 1日 「一村一品/ヒューマン・ブランド」で'88日本新語・流行語大賞特別功労賞受賞

 平成 7年(1995)  8月31日 フィリピン共和国 マグサイサイ財団  ラモン・マグサイサイ賞受賞

 平成 8年(1996) 11月12日 中華人民共和国 江蘇省南京師範大学名誉教授

 平成 9年(1997)  2月23日 マレイシア・ケダ州 最高指導者王冠賞受賞(スルタン・アヴドゥル ハリム・シャーDHMS)

 平成 9年(1997) 10月 2日 ブラジル連邦共和国 エスピリット・サンド州 ジェロニモ・モンテイロ勲章受章

 平成 9年(1997) 11月20日 中華人民共和国 湖北省華中農業大学名誉教授

 平成10年(1998) 10月 1日 中華人民共和国 甘粛省甘粛農業大学名誉教授

 平成11年(1999)  9月28日 大韓民国 「世界観光の日」大統領表彰受彰

 平成12年(2000)  8月24日 ロシア国立舞台美術アカデミア(RATI) 金メダル受章

 平成13年(2001)  5月 4日 オランダ王国 オラニエ・ナッサウ勲章リダー章受章

 平成13年(2001)  6月 9日 ポルトガル共和国 インファンテ・ドン・エンリッケ勲章コメンダドール章受章

 平成14年(2002)  9月    中華人民共和国 友誼奨受賞

 平成14年(2002)  9月    中華人民共和国 陝西省人民政府国際高級経済顧問

 平成14年(2002)  9月27日 中華人民共和国 江西農業大学名誉教授   

 【主な著書】

 『一村一品のすすめ』(ぎょうせい)

 『グロ���バルに考えローカルに行動せよ』(東洋経済新報社)

 『地方からの発想』(岩波新書)

 『一身にして二生』(新潮社)

 『私の連合国家論』(岩波書店)

 『「日本合州国」への道』(東洋経済新報社)

 『熱論合州国家・日本』(PHP研究所)

 『地方からの変革』(角川書店)1924年日本生まれ。2002年、中国政府による「友誼賞」に入賞したことがあり、日本の大分県の知事を務めていた。

 注:略歴や受賞歴などの情報は、平松守彦のオフィシャルサイトより

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