北京
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中国人民解放軍は創立した日から人民のために幸せを求め、中華民族のために復興を求める道を歩んできました。

1927年8月1日早朝2時、中国共産党が指導した南昌蜂起で、兵士たちは国民党の軍と区別するため、胸の前に赤い色のネッカチーフをつけました。そのため共産党の兵士たちは民衆たちに「紅帯兵」と呼ばれました。
南昌蜂起は秋収蜂起、広州蜂起およびその他の地区での蜂起と共に中国共産党が独自に革命戦争を指導し、人民の軍を創設する発端となりました。習総書記は中国人民解放軍創立90周年の祝賀大会で、「その時から中国共産党が指導した人民の軍隊は中国人民のために解放と幸福を求め、中華民族のために独立と復興を求める歴史の流れに身を投じ、中国人民や中華民族の運命と緊密につながった」と述べました。

1929年12月28日から29日にかけて福建省古田で、中国共産党紅軍第四軍第9回代表大会が開かれました。「古田会議」と呼ばれるこの会議で党が軍を指揮する原則が確立されました。2014年10月30日、習近平総書記は軍の高級幹部400人余りを率いて古田で全軍の政治活動会議を主宰しました。
1945年11月、人民解放軍は瀋陽にいた日本関東軍の戦車修理工場から1台の戦車を分捕りました。これが中国人民解放軍装甲部隊の初めての戦車となり、この戦車を頼りに初めての戦車部隊が創設されました。この戦車は解放戦争でしばしば戦功を立て、「功臣号」と命名され、開国大典で検閲を受けました。
1959年の中華人民共和国成立10周年を祝う軍事パレードで、中国初の59型戦車が登場し、戦車を生産できない歴史に終止符を打ちました。

21世紀に入って、我が国は99型戦車を代表とする先進の戦車を自主的に開発しました。中国人民解放軍創立90周年を祝う大会で、習総書記は「人民解放軍は過去の単一軍種から各軍種による合同の軍隊に発展し、機械化を基本的に実現し、情報化へ向かって邁進する強大な軍隊になっている」と述べました。(玉華、CK)