北京
PM2.577
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聞き手:王小燕
中国の国民的な作詞、作曲家の呂遠さんに引き続きお話を伺います。呂遠さんは、これまでに歌1000曲あまり、オペラ、ミュージカル9作品、舞曲や管弦曲20作品あまり、映画とテレビドラマの挿入歌50作品余りの作曲を手がけたほか、作詞した歌も数百曲に達しています。日本の演歌「北国の春」は、呂遠さんの翻訳により中国で紹介され、現在も歌われ続けています。
今年で満89歳になった呂遠さん。白眉になった今でも、テレビの音楽番組の出演や北京放送が主宰する紅白歌比べの審査員など中日交流の行事を応援し続けています。その矍鑠とした姿、勤勉で質実剛健な気風に触発され、「いつも多くのことを感じ取り、励まされている」と後進たちが言います。
呂遠さんは1929年に遼寧省安東(今の丹東)生まれで、日本支配下の偽満州国時代で少年時代を過ごし、日本の植民地支配に対して苦痛に満ちた子ども時代の思い出があります。しかし、音楽家になった呂遠さんはその後、世界平和と中日友好をライフワークとして取り組み続けてきました。
1987年、呂遠作曲のオペラ「歌仙-小野小町」が日本厚生年金会館で訪問公演
歴史にはしっかりと向き合わなければならない。しかし、将来に通じる土台は、中国人と日本人は心を合わせて、一緒になって作らなければならないものなのだと主張しています。呂遠さんにとっては、人々の心の琴線に直接触れる音楽や文化こそ、平和の土台を築く上に何よりも大切なものだと訴えています。過去には、1996 年から10年間にわたり、「長城の春」と題した両国のアーティストが共演する大型野外コンサートを企画、開催してきましたが、「これからも命ある限り、中日の友好事業にずっとかかわり続けていきたい」と悲願を聞かせてくれました。
「長城の春」のステージに立つ日本人アーティスト。左は呂遠が作曲した映画「玉色胡蝶」の挿入歌に乗せて舞う日本舞踊家の泉春霞氏、右は呂遠作曲の「長城随想曲」を演奏するバイオリニストの山下真澄氏
前回の番組では、「北国の春」が中国に紹介される前後の話や、喜納昌吉、三波春夫など日本の歌手と付き合った時のエピソードを披露していただきました。今回は呂遠さんに引き続き、音楽を通した日本との濃厚なお付き合いにフォーカスします。中でも、日本の植民地支配下に過ごした子ども時代の思い出、偽満州国の映画スター李香蘭こそ山口淑子さんと戦後になっての交流など、今回もこの番組でしか聞けない、中日の友好交流に関する貴重な記録がたくさんあります。
(左)1986年、訪日時に議員会館で李香蘭さんこと山口淑子参議院議員と交流する呂遠さん
(右)1997年の第二回「長城の春」にて、呂遠作曲の「琉球-北京友好の歌」を歌う喜納昌吉と呂薇
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