北京
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毎週土曜日にお送りしている「チャイナビジョン2018」。この番組では、中国共産党第19回全国代表大会後の中国社会の変化に焦点を当て、変容を遂げる中国の様々な表情を取り上げてご紹介しています。
今回は、改革開放40年来の北京の地下鉄の発展と、それにまつわるエピソードを皆さんにお届けします。お相手は張怡康です。
今お聞きの音声は、先月、同僚と一緒に、今建設中の新空港へと繋がる地下鉄の建設現場に潜入した時のものです。この路線は、2019年9月20日に全線貫通が予定されています。私たちが連呼している「シールドマシン」はトンネルを掘削する大型機械で、世界中で地下鉄建設の重要なツールの1つとして活躍しているものです。今ではごく当たり前のように見えるこの建設工法は「シールド工法」と呼ばれるですが、地下鉄が中国に導入されたばかりのころは、経験や技術が不足しており、その建設時には縦方向にトンネルを掘って入れていくのではなく、地上から地面を堀りおこして蓋をする「開削工法」と呼ばれる工法を使っていました。いまではなかなか想像がつきにくいですね。
中国で最初に地下鉄が開通した都市である北京には、地下鉄の発展にまつわるエピソードがたくさんあり、地下鉄の変遷を追うことでも、中国の改革開放の迅速な発展のさまを伺い知ることができるといえます。
ということで、今回の「チャイナビジョン」は、みなさんと一緒に北京の地下鉄の歴史を振り返って行きたいと思います。
みなさんが北京で地下鉄を利用する際に、是非注目して頂きたい場所があります。それは、一号線と二号線沿いの多くの駅の出入り口をおおう建造物の壁の部分にはめ込まれたプレートです。例えば2号線の「宣武門駅」や、中国国際放送局の最寄駅である1号線の「八宝山駅」などの出入り口近くの壁には、「1965年建設」という文字が刻まれたプレートがはめ込まれているのが見つかるはずです。この年が、北京市の地下鉄の物語が正式に始まった年でした。
1965年は北京市の地下鉄開通の年ですが、この開通の日を迎えるために、当時の人々は実は10年以上の準備を重ねていました。開通の日から数えて12年ほど前に当たる1953年9月、北京都市発展全体計画に、「住民により便利な、リーズナブルな公共交通手段を提供し、さらに国防のニーズを満たすため、早期に地下鉄建設の計画を始めるべきだ」との内容が盛り込まれました。そこから様々な条件面での試行錯誤が繰り返された後、北京市の地下鉄第一期プロジェクトの着工式が1965年7月1日に、北京市西部に位置する玉泉路の西側の2本の果樹の下で行われました。いまも残る記録では、その日は快晴だったということです。
良い天気で順調なスタートを切ることができたことが幸いしたのでしょうか、地下鉄プロジェクトは無数の困難を次々と乗り越え、1969年、中国初の地下鉄道が完成します。「一号線」と呼ばれるこの地下鉄路線は、北京西部の「苹果園」と東部に位置する北京駅を結ぶもので、全長23.6キロ、17駅が設けられました。ちなみに、約50年後に当たる今日の北京市の地下鉄には300以上の駅があり、運営距離は600キロを超えています。さて、開通したのは良いのですが、「一号線」が出来上がった当初、この地下鉄は極少数の人しか利用できなかったそうです。そして、乗車するには、職場で配られる「参観券」が必要でした。当時の人々にとって、地下鉄を見学することは、故宮や頤和園などの名所旧跡に入るよりも何十倍も難しかったとのことです。そのせいか、多くの古い写真を見ると、当時の乗客が車内で歌いながら踊る嬉しい姿や、ホームで地下鉄の到来を待ち望む姿を伺うことができます。また、当時の地下鉄と現行のものは車内の配置も全く違っており、座席は病院の待合室のように、同じ方向を向いて横並びになっていました。この車両は近年になって復元されており、イベントなどでその姿を見ることができます。
北京市の地下鉄が正式に公共交通手段として一般市民にサービスの提供し始めたのは、改革開放が始まって2年後の1981年のことでした。当時の1日あたりの最高発車便数は320便で、利用客は19万人。今では毎日延べ826万人が北京の地下鉄を利用し、多い日には1052万人を超えたこともあると言いますから、一般利用開始から40年弱で利用客が55倍増えたということになります。
1987年12月には、北京市地下鉄の環状線である「二号線」が正式に運営を開始しました。シンプルな一号線の駅内と異なり、2号線の駅内は、天井にシャンデリア風の豪華な照明を付けるなど、デザインに工夫が凝らされました。その時期から、新しく建設された一部の地下鉄の駅では、徐々に駅周辺の特色に合わせたインテリアが施されるようになり、北京独特の地下鉄芸術文化が形成されるようになりました。例えば、2号線の「雍和宮」駅ではまだ30年前の風貌を味わうことができますし、4号線の「西四」駅では「北京で最も美しい街」と呼ばれる町の様子を描いた壁画を目にすることができます。また、6号線の「張自忠」駅は色鮮やかな色彩に包まれ、間もなく開通を迎える・号線の「六營門」駅は、中国キャリアロケット技術研究院の隣にあるため、構内は宇宙飛行の要素が強調され、天井一面に星空が飾られるそうです。聞いているだけでも楽しくなりますね。
さて、初期の地下鉄建設はペースがかなり遅く、当分の間2路線だけでの運営が続いていましたが、1987年以降の北京市の地下鉄建設は、早送りボタンを押したかのような急ピッチな変化が見られるようになります。1992年から1999年には、一号線は東方向へ新たな駅を建設し、2003年には13号線が貫通。2007年には5号線が完成し、2008年には8号線、10号線と北京首都空港線が一斉に運営を開始しました。今日の北京には22の地下鉄路線があり、他にも20余りの路線が建設中、或いは延長工事中とされます。そして、今後完成する地下鉄路線では、基本的な交通運輸任務のほか、よりユーザーフレンドリーなの施設を導入することを心がけているそうです。例えば、バリアフリー施設の導入や乗客サービスの向上、車内Wi-Fi環境の整備、インフォメーションパネルの設置などなど、技術の追いつく限りの工夫が続きます。
北京の歴史や文化と発展を一挙に感じられる地下鉄の旅。もし北京にいらっしゃる機会がありましたら、是非とも一度体験してみてください。
「チャイナビジョン2018」、今日は、北京の地下鉄の発展史についてお伝えしました。
お相手は私、張怡康でした。