次は「稽神禄」という本から「二粒の丸薬」です。
「二粒の丸薬」
長江の南にある吉州の長官は張曜卿という。張曜卿には陶俊という部下がいて、かつては張曜卿について手柄をたてた。しかし、ある戦で敵の飛礫にやられ、腰から下はしびれ、とうとう杖がなくては歩けないまでになった。戦も終わったので張曜卿はこのさっぱりとした気性の部下を哀れに思い、死ぬまで養ってやるから家で養生していろと進めたが、気のつよい陶俊は無駄飯を食うのはいやだと聞かないので、仕方なく、広陵の渡し場で見張りの役を命じた。この役目は軽いもので、舟を盗みに来たものを見つければ、木につるした鐘を叩いて、近くに住み込んでいる兵士たちに知らせるというもの。
さて、この陶俊、気は強いが弱いものにはやさしく、足腰は悪いものの、いじめられている人があれば必死になって助けていた。そこでこの一帯の人々は陶俊を大事にしたが、当人は威張ったり、人を馬鹿にしたりはせず、渡し場の近くに住む人たちを仲良く暮らしていた。
と、ある日、陶俊は少し用があって町に出た。そしてあいにく雨が降り出した。雨は病を持つ足腰に悪く、陶俊にとっては禁物。これはいかんと雨宿りのため、近くの居酒屋に入り、道に面した椅子に腰掛けて、腰が冷えるのを恐れてか酒を注文し、雨が止むまでちびりちびりとやっていた。
もちろん、雨宿りしているのは陶俊だけではない。いろいろな人が店にはいったり、軒下に立って雨の止むのを待っている。その中に二人の書生らしい人物がいて、雨雲で覆われた空を見たり、店の中を見たりしていたが、そのうちに二人は、一人で酒を飲んでいる陶俊に注意し始めた。
「うん?みてみな?あそこで酒を飲んでいる男を?」
「え?おう、おう。あの男は一目で気の優しいものだとわかるな」
「だろう?ああいう人がこの世に多ければいいのにな」
「まったくだ!しかし、あの男、どうもどこかが悪いようだな」
「そうだな。横に杖があることから、足腰を悪くしているらしい」
「どうだい。せっかくだ。わたしたちもいいことをして、あの男の病を治してやろうじゃないか」
「そうだな。それがわたしたちの役目みたいなもんだからな」
「うん、じゃあ、そうしようとするか」
とこの二人の書生らしきものは、酒を飲んでいる陶俊のところに来た。
「これはこれは、お一人でお楽しみかな」
「うん?お前さんたちは誰じゃな?どうも知らん顔じゃが」
「そんなことはどうでもいいでしょう。ところで、あんたどうも足腰が悪いようだね」
「え?どうしてそれがわかるんだい?」
「だって、横に杖があるよ」
「お!そうか。これじゃあ仕方がない。あんたたちのいうとおり、わしはかつての戦で飛礫にやられて腰をいため、そのうちに足も悪くなってな」
「医者にみてもらったのかね」
「ああ。うちの主はいい人でね。金を出して医者を何人も呼んでくれたが、あいにく、治せる医者はいなかったよ。仕方ないよ。でも、近所の人々がよくしてくれるよ」
「あんたは、弱いものの味方だっていうじゃないか」
「ああ。なんてことはない。どうせ、この体だ。人に少しでも役立てばと思ってやってるだけさ。おかげでみんなと仲良くなれて、渡し場にいるが寂しくはないね」
「これは見上げたもんだ。あんたいい人だね」
「人をおだてないでくれよ」
「いやいや、わたしらは本当のことを言ってるだけさ」
「よしてくれや」
「ところで、あんた。わたしたちが足腰の病を治す薬を持ってるんだけど、試してみないかい?」
「ええ?足腰の病を治す薬?」
「そう」
「どうして、この見知らずのわしに薬を?」
「いやね。わたしらはお師匠さまに頼まれて、世のためになる人を助けろといわれてね」
「え?世のためになる人って。わしのことかい?」
「ああ。あんたのことだよ」
「そんな。で、お前さんたちの師匠さまって一体誰だい」
「誰でもいいじゃないか」
「でもよ」
「わるいことはしないよ。どうせこれまで医者が見ても治らなかったんだろう?」
「それはそうだが・・」
「じゃあ。今度もだめだったと思ってわたしたちの薬を試してみたら。それに薬代なんかあんたからは取らないよ。そんなことしたらお師匠さまにこらしめられるからな。どうだい?」
「ふーん。それはそうだが」
「いいじゃないか。さ。この袋に薬が入ってるから、早く呑みなさい」
こういって小さな袋を卓上に置くと、二人の者はさっさとどこかへ行ってしまった。
こちら陶俊、いくらか途方にくれたが、じゃあ、今度も治らなかったかと思えばいいと考え袋を開けてみると、黒い二粒の丸薬が入っていた。
「うん?これがその薬か」と、陶俊はあまり考えないことにして、その丸薬を袋に戻し、懐にしまって外をみたが、どうも雨は止んだようだ。そこでさっそく渡し場に戻り、その薬を呑んだ。
すると、不意にめまいがし、足腰が熱くなり、暫くすると足腰の痺れが徐々になくなり、体が軽くなる気がし、どうも力が入ってきたようなので、杖を捨て外に出て歩いてみると、昔のよう自由になり、飛び跳ねてもなんともない。これに驚いた陶俊は「あの二人は誰だろう」とおもい、走ってかの居酒屋に行ったり、町の宿などを回ったりしたが、とうとうあの二人は見つからなかったワイ!!
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