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エレノア・リュウさんの国際家族

2009-08-07 17:45:46     cri    

 30年前、中国では外国人を見かけた時、不思議に感じました。それは、外国人と接するチャンスがめったになかったからです。改革開放政策の実施により、多くの外国人が長い間、中国で働き、生活するようになりました。彼らは、中国の変化に目を見張っています。何年かぶりに中国にきたら、かつて馴染んでいた場所でも迷子になるほどです。今年は新中国建国60周年にあたり、私たちは外国人に取材し、その中国での生活の体験を語ってもらいました。9回にわたってお届けするシリーズ番組、外国人が語る中国の「色々」。























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 第1回:エレノア・リュウさんの国際家族

 今日の主人公は、今年90歳のアメリカ人、エレノア・リュウさんです。彼女は若い時に中国人と結婚して、北京で20年間も暮らしています。その後、息子さんは北京でドイツ人と結婚して、4人の孫はみんな中国生まれです。エレノア・リュウさんの一家は国際的で、北京で楽しい毎日を過ごしています。

 6月14日は、エレノアさんの90歳の誕生日でした。北京のある住宅団地に、肌の色の違う人々が一堂に会し、彼女の誕生日を祝っています。玄関にはお客さんからもらったプレゼントや花束は山のように積み上げられています。ドイツの友人と子供たちが、さまざまな歌を歌っています。

 60年前、若いエレノアさんはアメリカで中国人の劉国安さんと知り合い、1950年2人は結婚しました。彼女は苗字を「劉」に変えました。60年経ちましたが、2人は相変わらず愛し合っています。

 エレノアさんが夫と初めて中国に来たのは1978年、2人が結婚してから28年目です。また、中国の改革開放政策が実施された1年目でした。エレノア・リュウさんは当時のことを振り返り、こう語ってくれました。

 「主人の実家は、湖南省長沙市の田舎にある。初めて訪れた時、家族の人たちは、新婚の私たちのために部屋を用意してくれた。壁には喜という文字の赤い紙が貼られ、赤い蝋燭が置かれていた。人々の親切に非常に感動した。あの当時、私たちは北京を含めて、15の都市を見て回った。当時、北京には高層ビルがなく、一番高いところは8階建ての北京飯店というホテルだった。工事中の6階建てのマンションや工場、手芸品工房を見学した。また、コンサートもほとんどなく、娯楽といえば主に雑技だった」

 エレノアさん一家は1984年から北京に定住し、彼女は英語の教師を始めました。20年で、エレノアさんは多くの中国人と友達になりました。彼女は毎週日曜日に教会を通っているほか、太極拳もやっています。非常に充実した生活を送っています。この20年の北京の変化について、エレノアさんは次のように話してくれました。

 「環境は前よりだいぶ良くなった。自動車が多くなって、その排気ガスが空気の汚染になっているが、工場は都市部から引越し出した。緑化が進み、草花が多くなって、空気も前よりよくなった。息子は今、環境保護関係の仕事をしている」

 エレノアさんの息子、劉登立さんは今年56歳、アメリカに生まれ育ち、1976年に初めて父親の故郷・中国に帰りました。劉登立さんはまず、学校で中国語を学び、その後コロンビア放送局の北京支局で10年間働きました。その中で、彼は、中国経済の高度成長に伴う環境問題の深刻さに気づきました。

 「私が初めてここに来た時、中国はまだ立ち遅れていた。緑は少ないが、汚染問題はほとんどなかった。化学汚染や排気岳が少なくて、環境問題は目立っていなかった」

 1995年から、劉登立さんは、中国西部の環境に関心を持ち、黄土高原の自然環境に対する研究を始め、自然環境の保護や回復に没頭するようになりました。

 あれから10年経ちましたが、中国政府とマスコミの宣伝により、人々の環境保護意識が大きく向上しました。これを、劉登立さんは嬉しく思っており、「黄土高原の黄色い土が緑になった時、地元の持続的な発展が実現したといえるだろう」と語っています。

 「今の状況は良くなったが、環境保護事業をもっと進める必要がある。今、中国で実施している耕地を森林と草原に回復させるという措置は非常にいいと思う。中国人は辛抱強く、勤勉であり、頭がいいから、必ず破壊された環境を救う方法を見出すことができると思う。ここは、東アジアの文化の中心であることから、中国は、環境保護事業をリードしなければならない」

 劉登立さんの妻はドイツ人です。2人は30年前に、北京語言大学で知り合いました。彼の4人の子供は中国生まれ、ドイツで勉強しています。長男は学校を卒業して、今北京で働いています。このような国際的な家族を持っていることに対し、劉登立さんは、特別なことと思っていません。「情報化が進んでいる時代において、地球を1つの村に喩えれば、北京は1つの家族だ。みんなが仲良く付き合い、私たちの村を美しくするために努力してほしい」と劉登立さんは語っています。

 また、劉登立さんは、心の中にこんな計画を立てています。来年、両親の結婚60周年に、2人のために盛大な式典を行うことです。

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