ここでは歴史上の8月20日の出来事をご紹介します。
まず、中国で起きた出来事です。

(中国同盟会)
1905年の8月20日、中国同盟会(略称―同盟会)が東京で結成され、孫文をこの会の総理に、黄興を庶務に選出しました。この同盟会の結成によって、中国のブルジョア階級が清王朝を打ち倒すための革命運動の指導本部ができたわけです。
1925年の8月20日、中国の民主主義の革命家である廖仲凱が広州で国民党右派に暗殺されました。48歳でした。廖仲凱は1924年に国民党が改造された後、中央実行委員会の常務委員に選出され、労働者部と農民部の部長、黄埔仕官学校の国民党代表、広東省の省主席、財政長官、軍需総監などを歴任しています。
1940年8月20日、中国国民革命軍第八路軍(略称―八路軍。第二回国共合作で国民革命軍に編入された共産党の部隊、前身は労農革命赤軍)の105師団が、およそ40万人の兵力を集中させ華北地方で「百団大戦」(ここでいう団とは昔の日本の連隊のことで、この戦役には100あまりの団を参加させたことからこの名がつけられた)を起こしました。「百団大戦」では、旧日本軍と傀儡軍(旧日本軍に奉仕する中国人からなる部隊)の死傷者と捕虜が合わせて4万人以上となりました。「百団大戦」は、抗日戦争期間中、八路軍が起こした戦役の中では投入した兵力が最も多く、規模は最も大きく、戦闘時間が最も長く、その戦果が最も輝かしい戦役でした。
1915年8月20日、ドイツの細菌学者・パウル・エールリヒが死去しました。享年61歳でした。エールリヒは化学療法の先駆者で梅毒治療剤サルバルサン(606号)の発見を導きました。1908年に、エールリヒはノーベル生理医学賞を受賞しました。
1988年8月20日、イラクとイランが、国連安保理の598号決議案に基づき停戦し、イラン・イラク戦争の終結を宣言しました。イラン・イラク戦争は20世紀80年代に起きた二国間戦争としては最大規模のもので、8年間戦い続けた結果、死傷者は100万人以上に達し、300万人の難民が家を失っています。(文責:KH)
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