忘れられない思い出の数々

　中国語の教室の授業でも、素晴らしい日本語を駆使して、必要に応じてこれまた素晴らしく上手なスケッチを描いて，事物、風俗習慣を説明してくださった。

　教科書も日常会話の本から料理の本までをベースにして、また時には北京旅行の話題や故事来歴を生徒のレベルをあわせて毎回手創りのテキストをピンイン入りで作ったりして、創意工夫を凝らされていた。

　京劇は大好きで日本公演は逃さず、見るのみならず、時には教室で梅蘭芳ばりの声色で名台詞を言われることもあった。池袋で行われた上海京劇団の「楊家女将（楊家の女将軍たち）」を見た時、途中で色々解説をして頂いたのも、今では懐かしい思い出である。

　ある時は有名な漢詩について集中的に取り上げて頂いただいたことがある。当然の事ながらよくご存知で、朗々と歌われる名調子には聞きほれるばかりであった。李白、杜甫がご贔屓であった。またNHKのラジオテキストの表現と中国で言われている表現が違う点など、日本人では普通分からない細かい点まで教示いただいた。李白の「静夜思」他

　映画もお好きでよく話題となった。「この子を残こして」「北京ヴァイオリン」「山の郵便配達」「さらば我が愛・覇王別姫」「菊豆」等々。陳凱歌はお気に入りだった。

　料理の話題もよく登場した。授業の後近くのレストランで昼食を取りながら講義の中の疑問点の質疑のみならず色々話をしながら談笑のひと時を過ごすのが又楽しみの一つであった。近くの中華レストランで通常一人1品ずつ5~6品注文するのであるが、調理がよい時はご飯のお代わりをされるのが常だった。

　中国の男性は男女平等、日本で言う共稼ぎで家事，炊事も分担して得意なほうがする習慣であるが、劉敬老師は料理が大得意で５ー６人の客に対して前菜2~3品、主菜５～７品はあっと言う間に作ってしまうのに驚いた事。また台所も綺麗に整理整頓されていて、調味料までが引き出しのなかに入っているので、吃驚した記憶がある。

　その時々の話題にあわせて、適切な古今東西のトピックスを紹介されていたが、2006年6月の西域旅行から帰国された時は、西蔵鉄道の完通に伴い、車体構造、気密装置、チベットの風俗習慣にまで話題が及んだ。

　趣味が多岐に渡り、なかなか豊かな文化生活を過ごされているとの印象を受けた。先ず第一に無類のメカ好きでカメラ、ビデオ、パソコンは新機種が出ると買わずにはいられないほどで、電気屋の良いお得意さんだった。あらゆるデータや画像、文章はCDやDVDに保存し、年代別に整理、１５００枚あまり保存されて，動画もハンデイなフランス製のハードデイスクにいれて持ち歩き出先で人に見せておられた。

　デジカメで取った写真は、皺を修整して10~20歳は若く見えるようにしてプリントしプレゼントするので、年配者が多いどのグループでも大人気であった。またパソコン、メール、携帯電話、中国語ソフトにも詳しく色々教えていただいた。あるとき携帯へ電話したところ、応対が普段と違っていたので聞いてみると「実は今北京に来ているのですよ」、と言う返事で驚いたこともある。

　もう一つの大好きな趣味はダンスで、4つのグループに加入して週に３～5回は踊る。クリスマスになると男性で上手な踊り手が少ないので、あっちこっちのグループから声がかかって、３~5万円もするパーテイー券が贈られてきて全部は行けないほどだと言われていた。特にラテンナンバーでサンバ、ルンバは得意としておられた。2～3回お供した事もある。北京時代から服や靴も別誂えで、レベルは随分上のようであった。

　他にはカラオケが大好きで北京のお宅には立派なカラオケルームがあり、お気に入りの歌を纏めた自作ＣＤまでつくってあった。東京の追悼会お別れ会では、そのＣＤの曲が玄人顔負けの懐かしい声で会場に流れて知る人の涙を誘った。

　私事では有るが、小生の長男がアメリカで台湾の女性と結婚して、台中での披露宴で中国語のスピーチをするべく、中国語の原稿を書いて先生に見ていただいた。原稿の修正だけでなく、ワザワザご自身の声でテープに録音して下さったのには感激し、一生懸命練習した甲斐があって大成功を収めた。台湾では普通スピーチをしない習慣だが、新鮮で事情がよく分かって良かったとの大好評であった。７０％位理解できた言う評価にがっかりしていたら、現地の人でも、標準語、台湾語、福建語、客家、上海語、広東語等多くのグループが混在している台湾では70％分かれば上出来で、テレビの画面の下部に字幕を入れないと大部分の人が分からない程だと言われて驚いたこともある。