北京
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長山列島の名前でも知られる長島県は、中国の経済が進む山東省で唯一の海洋生態文明総合試験区です。ここはかつて「金銀の島」、つまりお金持ちの島として知られ、山東省で初めていくらかゆとりのある小康の暮らしを手に入れた県です。しかし、海で生計を立ててきた長島県は、行き過ぎた開発のため、一時貧困に陥り、経済が大きく立ち遅れる時期がありました。その後、海を保護し、環境に優しい発展を遂げることで、長島県は再び元気を取り戻したのです。
65歳の孫長志さんは現在、長島県で民宿を経営しています。孫さんは16歳から漁を始め、ここ数十年間の移り変わりを自身の目で見てきました。
長島県は漁業資源が豊富なおかげで、20年ほど前の1991年にはすでに1人当たりのGDPが1万元を超え、1人当たりの貯蓄額は8000元に達し、ともに全国の県でトップでした。先にお金を手に入れた長島県の人々は羨望の的でした。当時の様子について、孫さんはこう語っています。
「島を出てバスに乗った時、『どこからですか』と聞かれたので『長島からです』と答えたら、『長島からですか』と羨望の眼差しで見られました。胸を張って、誇らしかったです。小康の暮らしを手に入れた県だったんですよ」
しかしその後、自然保護を顧みない漁業により海洋資源がどんどん減少し、魚やエビなどが姿を消していきました。
1990年代の終わりごろには、貝類養殖業がまれにみる災難に見舞われたため、漁師は貧困に陥り、経済も大きな打撃を受けました。この深刻な教訓は、長島県の発展の方向転換のきっかけとなりました。2017年に長島県政府は、砂浜の再生に10億元を投資し、海岸にあった魚卵の孵化施設を撤去し、海岸近くの養殖場840ヘクタールを移転させ、送風機80台を撤去し、山に種を撒くことで環境を修復しました。続いて、国家クラスの海洋牧場4カ所と省クラスの海洋牧場6カ所を建設しました。こうした一連の措置により、自然な砂浜が戻り、海洋生物も増えてきました。
その一方で、孫さんは、政府の指導の下で養殖業をやめ、民宿を始めました。現在、長島県の民宿経営者は1000戸に上り、漁村全体の55%をカバーしています。県内で観光業に従事する人は1万4000人を超え、島を訪れる観光客は増え続けています。環境に優しい発展が島民にもたらしたものは、豊かな生活だけではありません。故郷へのより深い愛情や思いです。「故郷・長島県を生涯離れることはできない」と孫さんは話しています。
「小康社会に向かう中国人の暮らし」、今回は山東省の長島県が海を保護し、環境に優しい発展を遂げることにより、再び元気を取り戻した様子をお伝えしました。お相手は王秀閣でした。ではまた来週。さよなら。(閣、柳川)