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三十年一日の如く、寂しさの中に花咲く、生きた文化財「刺繍」を守り伝えている民間芸術家・邵暁琤さん

2012-02-24 17:48:14     cri    

 民間刺繍芸術家、邵暁琤さんはどんなきっかけで刺繍を始めたのか、どんな刺繍人生を歩んだのか、作品の市場化と芸術性のバランスをどのように保つのか、CRI記者は彼女の刺繍工房を訪ね取材を行ないました。

 ――いつから、どんなきっかけで、刺繍を始めましたか?

 私の故郷江蘇省は昔から「刺繍の郷」と呼ばれていますので、小さい頃から刺繍に囲まれ、ずっと興味を持っていました。しかし、高校まで絵画を専攻し勉強てきた私が、本格的に刺繍を始めたのは18歳の夏でした。実家のタンスの中に母の刺繍された洋服を偶然見つけました。それはパッションフルーツの模様を刺繍で縫い付けたシルクの洋服でした。1980年代の中国は、人々の服はほとんど黒と青でした。とても綺麗で精緻な刺繍模様を見て、大きな衝撃を受けました。こんな美しいものを絶対に自分の手で作り、守りたいとその時に決めました。20歳ぐらいの時、私は国営企業の人事部
で働きました。仕事の合間に、刺繍を研究し始めました。

 ――自分で刺繍作品を作るだけでなく、伝承が途絶えた刺繍技法を復活することにも取り組んでいると聞いていますが、具体的にどんなことをされていますか?

 中国の刺繍技法は百種以上あります。その中に、伝承できずに、そのまま消えてしまった精巧な技法、例えば、宋繍、襄(河北省刑台市)繍、魯(山東省)繍などたくさんあります。歴史資料を調べたり、博物館を見学したり、現地で民間職人を探したりして、いくつかの消えた技法を復活しました。夫の肖林と一緒に汽車で山東省、河北省などの刺繍技法の原産地に行って、現地の政府と刺繍協会などの機構に技法の復活を呼びかけました。そして、刺繍企業と民間刺繍職人を十分重視するよう、支援するよう政府に要請しました。魯繍、襄繍と延辺朝鮮繍はすでに復活し、地方刺繍保護へ貢献できました。

  ――30年間の刺繍人生を振り返えり、何か辛いことや楽しいことがありますか。

 自分が好きなことを毎日やり続けるのは、人生の最も楽しいことだと思います。作品が完成した時も作っている時も、私はいつも楽しいです。とは言え、辛いことが全く無いとも言えません。私の刺繍研究・制作は全部個人でやっています。刺繍教室を開設する前は収入が非常に少なかったのです。2003年から2006年の間に、父が病気で急に亡くなって、夫の父もガンになり、夫自身も病気で倒れてしまいました。この時息子は、まだ大学生だったのです。生活のプレッシャーは急に大きくなり、刺繍の研究も中断するしかないような状況でした。仕方なく大切にしている作品を低価格で譲りました。30万元以上の価値のある作品を5万元で売ったこともあります。幸い、夫も息子も私を理解してくれ、家族で助け合いながら困難を乗り越えました。今は家族3人で刺繍研究に取り組んでいます。小さな工房さえあれば、これ以上の幸せはありません。

 ――現在の芸術品市場は非常に活発になって来ていて、黙々と芸術に取り組む職人はだんだん少なくなっているようです。邵さんは芸術性と市場化をどう見ていますか。

 確かに、現在の政府も芸術品を市場化することを重視しています。しかし、私は自分の作品が芸術性を失うことを決して許せません。お金のために作ったものは芸術品と呼ぶ資格もありません。私の作品を全部売り出せば、何十戸の別荘も買えると思いますが、先程も言いましたが、小さいな工房さえあれば、刺繍を続けられれば、私にとっては他に何もいらないのです。それでも、芸術性と市場化のバランスは取れると思います。いかにバランスを保つか、これこそ芸術家として考えなければならないことです。

 ――これからどんな計画、希望がありますか。

 希望が1つあります。刺繍芸術館を立てることです。刺繍の種類、歴史、技法などを人々に知ってもらい、私の作品も全部館内に所蔵し、刺繍芸術が代々に伝わること、これが私一生の願いです。(聞き手・構成:陳博)


邵暁琤さんの刺繍工房の一角


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