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どう見る? 中国の「知日」の動き(1)

2011-01-06 15:08:31     cri    

――ムック誌『知日』の創刊をめぐって

 若者層を中心に、文化や人で繋る中国と日本の相互理解に新しい息吹が吹き込まれた年明けになったのか。新年早々、北京で「日本」にまつわるイベントが行なわれました。それは、「日本」を専門に取り上げる中国本土初の試みと言われる、ムック誌『知日』(発行元:「文治Lab」(磨鉄図書傘下))の創刊発表会です。

 昨年1月~10月まで、日本を訪れた中国人観光客は128万人を超えた(日本政府観光局)のに対して、冷たい風が吹いた中日の政治関係を背後にしながら、去年9月から11月までの三ヶ月、中国国内の主要都市では日本関連のイベントが70以上も開かれ、1日半ごとにどこかで日本文化に関する催しが開催されていました(中国のソーシャルネットワーク「豆瓣網」)。

 紅白の二色でデザインされた『知日』誌のモットーは、「it is JAPAN」。これまでの日本関連雑誌は、ファッションやアニメなど流行文化の特定分野を取り上げていたのに対し、「トータルに、多様な角度から日本文化全般を掘り下げて紹介し、普遍的価値観を求めたい」と編集長の蘇静さんが誇らしげに語りました。創刊号は、ポップアート作家の奈良美智とマシン・ライフを中心に構成し、狙いは「好奇心と思考力を持つ中国の若者」に、「クリエイティブで、高価値の日本文化情報を紹介」し、「中国人のために日本を理解するプラットフォーム」の構築を目指していると意気込みを見せていました。

 "80后"世代をコアメンバーに、彼らの自主的な発案と運営により作られたMook誌『知日』の誕生は、今の中国社会と中国人を見る上で、どのような意味があるのか。中国人は、自らの「知日」の動きをどう見つめているのか。創刊発表会で聞いてみました。

■【蘇静編集長】結論より、まずは見せることから

 「今の『知日』は、それほど目立たない平凡なスタートに過ぎないが、我々は弛まぬ努力でより多くの人に『知日』を好きになってもらいたい」

 ムック誌『知日』の創刊の挨拶に書かれた編集長蘇静さんの言葉です。

 蘇さんは1981年生まれの"80后"世代。故郷は抗日戦争中の激戦地、湖南省常徳。大学での専攻はコンピュータ・プログラミングでした。大学に入るまで、取り立てて日本や日本文化に関心を抱いていたわけでもありませんが、ある日、偶然手にした村上春樹の小説でぐいぐいと「日本」の世界に引きずり込まれていき、気づいたら"日本"と切り離せない人生を歩んでいたと言います。

 その運命の出会いとは、林少華氏翻訳の村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』でした。「冒頭にあった訳者の言葉は同世代の友人が話しかけてくれた感じで書かれていて、とても読みやすかったです。本文も読めば読むほどはまり込み、そこにありとあらゆるものが含まれていると気づき、この世界を見る新しい窓口が開けたと思いました。たいへん分厚い本でしたが、無我夢中になってすぐ読み終えました」

 その後、村上氏のほぼ全ての著書を読破しました。村上春樹に導かれて、「日本」のことを知るようになったのにつれ、「戦国史、日本人の友人、職人文化、漫画及び日系ブランド、さらに言うと、原 研哉、岩井俊二、新海誠、安藤忠雄、坂本竜馬などの日本の人物も私の目に飛び込んできました。こうした自発的なプロセスは2~3年前まで続いており、このプロセスはまた、私の周りにいる数多くの人の歩んできた道でもあります」、と振り返っていました。

 「とにかく、私にとっては"日本"が面白い。"日本"を通して実に見事な"世界"が見えました。雑誌作りにおいて結論を押し付けるよりも、ひたすらに展示していきたいです。日本人の生活、そして日本文化のディテールに注目して伝えていきたい。展示したり、見せることによって、読者が自ら結論を導くことができればと思っています」

 スタートしたばかりの『知日』の道、順風満帆とは思えませんが、「継続的に、系統的に日本を紹介し、百パーセントの日本を知ることができるよう頑張ります」とメガネの後ろで自信満々の眼差しが光っていました。(つづく

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