会員登録

小島 寛之さん 国際交流基金北京日本文化センター元副所長

2010-12-27 16:19:48     cri    

「個」対「個」の交流で日中関係の安定化を 

 

 中国で行われている日本関連の文化イベントでよく姿を見かけます。たまにマイクを片手に、流暢な中国語で自ら開催趣旨の説明をし、来場者に日本の魅力を力説するケースもあります。口数は決して多くないのですが、誠実そうで信望を集めている印象を与えます。4年半にわたる北京駐在を終える前に、中日の交流と理解増進のコツについてインタビューしました。

 























autostart="true"


















src="mms://media.chinabroadcast.cn/japanese/20101227xiaodaokuanzhi.wma">BR>



type="video/x-ms-wmv"













width="400"



height="44">


■日中の未来は若者の中にある

――まずは、これまでの中国とのかかわりについて教えてください。
 ぼくにとって、最初の生の中国との出会いは、1991年です。大学時代バックパッカーで、大阪からフェリー(鑑真号)に乗って、2晩かけて上海に行きました。そこから鉄道で南京に行き、さらに北上して旅をしました。もう20年ほど昔のこと。あの時の印象は強烈ですが、それと比較して、今の中国は大きく変わったと思います。
 大学の時、特に専門的に中国語の勉強をしたわけではありませんが、基金に入ってから最初に担当したのは、北京大学現代日本研究コースに関する仕事でした。その後、フィリピン駐在やアジア各国とかかわる仕事を経て、2006年に北京に赴任しました。

――北京駐在の4年半、中国人若者向けのイベントに数多く加わったようですが、とくに印象に残ったものは?
 私が働いている国際交流基金は大きく分けて、芸術交流、日本語教育支援、日本研究・知的交流の3つの分野で活動しています。イベントには、自ら主催する場合と大学や民間団体の活動を助成する場合と2つタイプがあります。
 これまで数多くの事業に関わってきて、その一つ一つが印象深いものですが、敢えて言うなら、赴任した当初、政治的に日中関係に息詰まった雰囲気が流れていた頃に、若い学生たちが行った事業は、特に思い出に残っています。上海ではフリーバード(freebird)という学生団体が、日本と中国の学生の大型の交流イベントを企画し、北京では北京大学と東京大学の学生が合宿形式で討論を行う京論壇が始まりました。うまくいかないのではという懸念もありましたが、学生たちが非常に前向きに、色々な努力をして、最終的にはそれぞれ成功にいたった。その過程で、私たちも相談に乗り、多少なりとも役に立つことができたことが、うれしかったです。

――若者たちの頑張りに力を得たということでしょうか。
 大人達は、考えすぎのところがあり、「こういう時はこういうことをしてはだめだ」などと自己規制をしてしまいがちですが、学生はある種、自由さを持っていて、未来志向で、障害をものともせずに、前向きに乗り越えようとする。ある瞬間、危なっかしいものもありますが、そのパワーが非常に前向きで、純粋なので素晴らしい。日中の未来はやはり若者の中にあるなとその時に考えました。

 

■経済成長が人々の考えにも影響

――ところで、生活者として中国の滞在で感じた一番の変化は?
 中国は国土が広く、多様性に富んでいます。中国国内でもよく報道されているように経済格差の問題もあり、平均化して語るのが難しいですが、私が接してきた大学の先生など、中流より上の方の生活がほんとに豊かになったと感じます。家を持ち、車を持ち、観光旅行に行くなど様々なレジャーをするようになりました。そういう意味で、経済の発展がライフスタイルにも影響し、それがまた人々の考えに影響するというのが、ここ数年の大きな変化だと実感しています。

――また、中国人の日本とのかかわり方に関する変化は?
 経済の発展に伴って、実際に日本のサービスを受けたり、日本に旅行したりする方の数が増えてきています。日本の製品の良さや、大自然への評価も高まっています。
 もちろん日本のものだけではなく、中国において色々な国の製品やサービスが手に入るようになっているので、「日本だから良い、もしくは日本だから悪い」というのではなく、日本の中の良いものに対して、「良ければ良い」という冷静でゆとりのある評価が生まれてきたように感じます。
 また、北京の日本料理屋さんには4~5年前まではまだ日本の駐在員が多かったのですが、今は、中国の人でいっぱいで入れないことがあるほどです。サービスにしても、日本のものに触れることが、ごく自然のことになったように思います。

■社会作りにおける交流進化に期待

――これまでの中日の付き合いにおいて、特に興味深く見守っている動きは?
 日中の経済の結びつきが強まるにつれ、今まで中国とあまりかかわりのなかった日本人が突然、中国に赴任するということが起きています。そういった人達は、最初は、仕事を通して、中国とやむをえず付き合うことになりますが、実際の出会いの中でまた中国に対する見方が変わっていく。そういう意味での日本人の中国理解が少しずつ広がりを見せています。
 日中両国の専門家同士の交流と研究も大事ですが、これまであまり相手の国を見てこなかった人、関わりを持たなかった人達こそ、より日中の相互理解を広めていく一つの鍵になりつつあります。
 実際に自分の目で見て、人と付き合って、それで、もし批判するところがあれば批判する。それなら仕方のないことですが、お互いの国を知らないで「嫌だ」、「嫌いだ」というのではもったいない。実際に見てみると、ことによっては、聞いたことと違うこともある。そういった交流が双方向に進んでいくことが嬉しいし、望ましいことだなと思っています。

――これからの中日の相互理解と交流を盛り上げていくためのポイントは?
 日中間では、政府などの公的セクター、大学、民間団体、企業などいろいろなレベルで交流が行われていますが、これからは、日本語では「市民」、中国語では「公民」と言う部分の交流がさらに進んでいくのではないか、もしくは進んでいってほしいと期待しています。いわゆる「友好のための友好」ということではなく、それを乗り越え、よりテーマ性、課題性をもった交流が起こってくるように思います。
 経済の分野では日中の相互補完性がかなり明らかになってきて、双方にメリットのある提携関係が生まれつつあります。市民社会、もしくは社会作り、中国で言うところの「和谐社会建設」においても、お互いに交流していくことが期待されます。
 日本はそれだけの経験をふまえて成熟した市民社会の基盤ができつつありますし、一方、中国には非常にバイタリティに富み、新しいことを積極的取り入れていこうという創意に溢れた人達がかなり存在します。
 中国社会は日本人からすれば、理解するのが非常に難しい複雑なところがありますが、この新しい社会を作っていこうとしている「個」が、中国の中でもかなり新しい動きをしてきていることに注目すべきと思います。
 例えば、最近、国際交流基金では、日本の自然学校の専門家を上海に招き、中国のNGO関係者と環境教育、自然学校運営に関するワークショップを行う事業を支援しました。このような課題解決型の交流が進むことが、より自然な形で両国のつながりを強化し、双方の社会にメリットをもたらすのではないかと思います。日中の様々なレベルでの交流に加えて、「個」対「個」の関係がより成熟していくと、日中関係もより安定して、なおかつ双方にとって建設的な交流ができるのではないかと思っています。

 

■違いから新しいものを

――最後に、両国の関係発展に関心を寄せている人たちへのメッセージをお願いします。
 まず、言葉が文化を理解する基礎なので、日本語/中国語を勉強している皆さんは引き続き頑張って、相手国の人とコミュニケーションを図る努力をしていただければと思います。
 それから、お互いの国にお互いの良さがあります。日中の間には文化的に長い繋がりがあり、似た部分もありますが、かなり違う部分もあります。違うということはお互いに協力することによって、より刺激的に、面白いことができる可能性があるということです。
 違うから嫌いだとか、摩擦が起きるという負の面もありますが、ポジティブにとらえるならば、異なる二つの国民性や文化が、力をあわせることにより、新しいものを生みだすことができます。双方の国民が違いを前向きにとらえることにより、良い関係を続けていってほしいと願っています。(聞き手:王小燕)

【プロフィール】
小島 寛之(こじま ひろゆき)さん
 1992年3月 京都大学文学部卒
 1992年4月 国際交流基金入社
 1996年4月~2000年7月 国際交流基金マニラ事務所次席
 財務課、日本研究・知的交流部を経て
 2006年3月~2010年8月 国際交流基金北京日本文化センター副所長
 2010年9月より、総務部経営企画ユニット長

関連ニュース
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS