鮒（フナ）のスープ

（出すぎた母乳）

　私は古風な女でございます。

　娘は1年半母乳とさらしから繕った襁褓（おしめ）で育ちました。

　彼女は、粉ミルクも紙おむつも離乳食も存じ上げません。

　しかしながら、襁褓は別といたしましても、母乳に関しては母体の条件もございますわけですから、母親が望んでも母乳保育を果たせない場合もございます。

　私も出産前、中国の方々に「やせ過ぎだ」とのお気遣いを賜り、「それでは母乳が出ないでしょうに」「母乳がすぐ止まってしまいますよ」などと、会う方会う方にご提言いただいたものです。

　中国におきましては、やや子を宿した女子（おなご）とやや子は特別保護対象となっておりますようで（法や規則で定められているのではございません。人々の認識として、と言いましょうか）、一歩町を歩けば一言、二歩歩けば二言、見知らぬ御仁からお声をかけられるのでございます。

　ある日のことでございました。

　出産間近となった私めに、路肩で煙草を蒸しながら囲碁に興じるお年を召した媼（おうな）様方が口々に申されました。

　「お前さん、やや子が出てきたらすぐに、鮒のスープを飲むんだよ」

　「そうだ、鮒のスープだ」

　「お前さんはお乳が少なそうだからね。鮒のスープで万事解決さ。」

　何のことやら解せぬ私でございましたが、私の出産当日、どこからとも無く病室に鮒のスープが届けられたのでございます。

　…こう申しては聊かご無礼やもしれませんが…

　飛び上がって喜び申し上げるようなお姿ではございませんと申しますか、やや生々しいお鮒様が丸ごと浮かんでおりました。

　大和の民でございます私にとっては未知との遭遇でございました。

　多少の躊躇いと共に有難く頂戴いたしますと…

　飲んで吃驚玉手箱でございます！

　なんとお乳が水鉄砲の如く溢れ出し、止まらなくなってしまったのでございます！

　恐るべし鮒のスープでございます。

　（催乳効果があるそうで、私はこれで、通常２，３日しか賜らないと言われております黄味がかった濃厚なお乳を、1週間近くも賜ったのでございます。）

　母乳が少なくてお困りの方がいらっしゃいましたら、鮒のスープを是非お試しくださいませ。

　中国四千年の知恵（？）でございます。

　――未知との遭遇、これまた一興。　　　　　　　　　　（中原美鈴）