スノーボード佐藤康弘コーチ 中日交流に寄せる思い

2023-05-02 10:47:15  CRI

 北京冬季五輪では、日本人コーチの佐藤康弘さんと中国人選手の蘇翊鳴が一心同体となり、金メダルを獲得したストーリーが、多くの人に感動を与えました。このメダルは中国にとって、五輪スノーボード男子で獲得した初の金メダルでした。

 あれから1年余りが経ちましたが、佐藤コーチは今も、ウェイボーや抖音(ドウイン、TikTokの中国本土版)といった中国のSNSでの発信や中国のファンたちとの直接交流を続けています。

フォロワー15万人を有する佐藤コーチのウェイボー 中国国家体育総局からの表彰状写真の投稿

 そんな佐藤コーチの元に、この春、中国国家体育総局から表彰の知らせが届きました。送信されてきた表彰状の写真をウェイボーにアップし、中国語で報告をすると、たちまち「おめでとう」のコメントが集まり、1万回を超える「いいね!」がつきました。

 「一年経っても、こういうふうに喜んでくださるというのは、非常にありがたいと思っています」

 多くの中国人にいまなお慕われる佐藤コーチの魅力の源はどこにあるか、中日のスノーボード交流に寄せた思いとは何か。3月末、湯沢のスキー場に滞在中の佐藤コーチにビデオ電話インタビューを行いました。 

■シャオミンは友達でパートナー 「誰も歩んだことのない道に」

北京五輪スノーボード男子ビッグエア決勝戦に挑む蘇選手をハグする佐藤コーチ(視覚中国 2022.2.15撮影)

 17歳と47歳――蘇選手が北京五輪で金を獲得した時の2人の年齢です。親子のようなツーショットが多くの中国人の心に焼き付いていますが、実際の二人の関係はどのようなものなのでしょうか。

  「僕もシャオミン(蘇選手の愛称)から多くのことを学びました。彼は家族のようであり、友達であり、パートナーでもあるんです」

  蘇選手が佐藤コーチの指導を本格的に受け始めたのは14歳の頃。コロナ禍でのオンラインでの指導期間も含めて、3年半を共に歩み、手にした五輪金メダルでした。佐藤コーチはこれまで歩んできた道を振り返り、「(主導権が)ゼロから100まであるとすれば、私から教える部分をだんだん減らしていきました。オリンピック直前には、五分五分に抑えて、彼がやりたいことを尊重しながらコーチしました。14歳の時の彼と私、今の彼と私では、関係が違います」と語りました。

「翊基金」設立式典での佐藤コーチと蘇選手のツーショット(写真提供:佐藤康弘 2023.3.26撮影)

 この春19歳になった蘇選手の願いは「もっと多くの子どもたちにスノーボードを」。そして、「次の蘇翊鳴」の誕生に向け、自身の名前の一字を冠した「翊基金」を立ち上げました。北京冬季オリンピックの舞台となった「首鋼ビッグエア」で行われた設立式典では、蘇選手の傍に佐藤コーチの姿がありました。

 「自分の成功を他人とシェアする。シャオミンは人を愛することができる人間であり、人を敬う気持ちがあることの証だと思います。彼が金メダリストで良かったなと本当に思います」

 2026年のミラノ冬季五輪まで、3年を切った現在について、「次も金を目指すならば、これまでと同じトレーニングではダメ。世界は動き、ほかの選手の取り組みも変わったからです。私とシャオミンは、誰も歩んだことのない道に入っていく。それには“共同作業”が重要になってきます」という佐藤コーチ。一心同体の歩みを今後も続けていくのだという意気込みが伝わってきました。 

北京冬季五輪閉会式で蘇選手と共に行進する佐藤コーチ(左端)(視覚中国 2022.2.20撮影)

■怖さを乗り越えた先に人生の要がある 

   佐藤コーチは雪の少ない広島県の出身。スノーボード初体験は1994年、カナダ留学時の冬休みの時でした。実はスキーも、修学旅行で訪れた長野で体験しただけだったそうです。スノーボードとの出会いは、まさに“一目ぼれ”でした。

 「雪の上を滑っていく感覚が、どのスポーツよりも楽しかった。体に電気が走ったような感じでした」

 一日目で、「プロになる」宣言をした佐藤さんは、その宣言通りプロの道へと進み、日本のスノーボード界を牽引するチーム「ファーストチルドレン」を結成。選手としてもしっかりと足跡を残しました。その後、世界大会で優勝するアスリートを数多く育て上げた名指導者として知られるようになります。

  スノーボード界のカリスマと言われる佐藤さんですが、取材の中で、ぽろりと次のような一言を漏らしました。

 「やっぱり技を飛ぶ時はこわい……」

 そして、こう続けました。

 「慣れるまではみんな怖いんですよ。僕の時代は、エアバッグのトレーニング場もなければ、コーチもいなかった。だから、新しい技に挑戦するときは、常にけがするのではないかという怖さがありました」

  蘇選手の意外な一面も明かしてくれました。

 「いろんな選手がいますが、シャオミンはすごく怖がるタイプ。新しいことに挑戦するときに、あからさまに怖いという態度が出るんです」

  しかし、コーチの目には「怖いと思うことがシャオミンの強み」と映ったそうです。

 「怖いからこそ、注意深く観察することができる。(実際に)危険なことをやっているので、危険なものを危険と感じないのは、それこそ危険なんですよ。(よく考えて)自分に必要なことが分かったら、自信をもってやれる。その積み重ねの先にオリンピックでの成功がありました」

佐藤コーチとシャオミン選手、2022年北京冬季五輪選手村にて(写真提供:佐藤康弘)

 ロジカルに考え、分析することは、佐藤さん自身の強みでもあります。現役の最後の頃には、安全を確保できるエアバッグのトレーニング場を作り、同じトリップを何度も繰り返し練習して、技を徹底的に分析していたそうです。

 そして、「新しい技を初めて成功すると、アドレナリンが出るんですよね。今までの苦労が全部チャラになって、気分爽快。1分ぐらいは喜ぶんですが、すぐ次の目標に向かって進んでいく。人生においても大事なことをスノーボードに学んでいるのです」と微笑みました。

■スノーボードで日中の絆をもっと強く

 佐藤さんの初訪中は2016年冬。ビッグエアの国際大会の北京開催が決まり、中国人選手の指導に招かれたことがきっかけです。 

  「当時の中国は、まだかけ出しの頃。(指導した中国人選手は)予選落ちだったんですが、中国の歴史の中で初めてダブルコーク(ハーフパイプの大技)を決めたので、ニュースにもなりました」

  そして、冬季五輪の開催を4年後に控えた2018年4月、中国体育総局から「スノーボード中国代表のコーチに」と白羽の矢が立ちました。しかし、佐藤コーチには、子どもの時から指導し、今や日本代表のエースになった選手がいたのです。当然、周りからは反対の声もありました。しかし、「日中の間にいて、仕事ができることに大きな意義がある」「ウィンタースポーツを3億人に普及させる計画を掲げた中国で、もしヒーローが誕生すれば、スノースポーツそのものの普及に大きな拍車をかけることができる」という思いで、人々を説得しました。

  日本を訪れた中国国家体育総局の苟仲文局長と共に。北京冬季五輪の指導に対する中国側の理解と支持に謝意を伝えた佐藤コーチのウェイボー

  その際、中国に提示した条件は、「ずっと指導してきた日本の選手も同時に指導できるようにすること」。ひとつの大会で、異なる国の代表選手を同時に指導する。過去に例のないスタイルでしたが、中国側も理解を示しました。

  北京冬季五輪では、ビッグエアの決勝で最高得点を取ったものの、メダルを逃してしまった選手がいます。佐藤コーチの門下生の大塚健選手です。日本の選手はコーチに不満を抱かなかったのでしょうか? その問いに対して佐藤コーチは、「トップの選手は、自分に何が足りなかったかをよく理解している。そして、次に向かって切り替える。何をすべきかが明確になれば、次のオリンピックに向かって、またさらに頑張っていくだろう」と、選手自身の力を信じる姿勢を貫いていました。

  一方、シャオミンとの間には、「手を取り合って、中日のスポーツ交流に大きな仕事をしようぜ」という師弟の約束がありました。佐藤コーチにそう決意させた力の一つとなったのが、中国での次のような体験でした。

 河南省の少林寺を訪れた時のことです。寺でお祓いをしてもらうために記名をすると、なんとなく不穏な空気が漂い始めました。すると、「“佐藤”という苗字は、中国の戦争映画・ドラマでは、よく悪役に使われる苗字だ」と通訳が説明。驚いた佐藤コーチはこう心に誓いました。

 「“佐藤”を、中国で響きの良い名前に変えよう」

 その話が中国のメディアで取り上げられると、ネットユーザーからは「佐藤という苗字をもう悪役に使わないでほしい」、などと多くのコメントが寄せられたというエピソードを、顔をほころばせて語ってくれました。

北京冬季五輪から帰国後にウェイボーで公開された娘二人との記念写真(写真提供:佐藤康弘)

 プライベートでは、3人の子どもの父です。その中で、スノーボードの道を行くと決めたのは、12歳になる次女の寧音(ねね)さん。

 「寧音には将来、中国語を話せるようになって、日中の懸け橋になってほしい」と佐藤さんは言います。

  今後の中国のスノーボードについては、「正しいトレーニング法の確立」と「指導者の育成」が不可欠だと指摘しています。

 そのために考えているのが、中国での新プロジェクトです。佐藤コーチが埼玉に作ったスキー・スノーボードジャンプオフトレーニング施設「QUEST」で培ったメソッドを中国に導入し、9~12歳の子どもたちを対象にした選手の育成を計画しています。

 「正しい練習の積み重ねで、6年後にはレベルの高い選手が何人か生まれているだろう」と佐藤さんは期待を膨らませています。

夢に向かって頑張る若者へのメッセージを二か国語で、ウェイボーで配信する佐藤コーチ

  「スノーボード文化を世界で盛り上げるには、中国と日本の提携が欠かせない。今後もスノーボードを通して、両国の友好に役立てればと願っています。寧音たちが大人になったころには、両国の間にポジティブなニュースが増え、互いにいい印象を持つようになっていてほしい」

 こう未来を語る佐藤コーチの言葉は、強く暖かい力に満ちていました。

(取材・構成:王小燕、校正:鳴海美紀)

【リンク】

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