今晩は、ご機嫌いかがでしょうか?林涛です。
この時間はグルメのお話です。
今日は、中国は中部湖北省の武漢一帯に昔から伝わる料理「どじょうの豆腐潜り」にまつわるお話です。
「どじょうの豆腐潜り」
時は明の時代。正徳帝がお忍びで僅かな供を連れ長江一帯にやってきた。正徳帝は、当時の建昌についたあと、船で長江に沿って下がり、やっとのことで武寧県に着いた。その日は地元の宿に泊まり、翌日、長江の支流をさかのぼり、巾口という町近くにきた。このとき船の上から見た景色は格別であり、うれしくなった正徳帝は、前に出て船頭に話しかけた。
「船頭さんや。暮らしはどうじゃ?」
これに船頭が振り返る。みると姿かたちが立派な役人のようで上品な金持ちにも見える人物が自分に声をかけたので、これはと思って丁寧に答えた。
「はい。困ったことはなく、暮らしには事欠けておりません」
「そうか。それはいいことだ」と正徳帝は言ったが、急に腹の虫鳴き始めた。
「うん?ここら一帯でうまいものというと何かな?」
「そうでございますねえ。ここら一帯でうまいものと言えばたくさんありますが、中でも"どじょうの豆腐潜り"というのが知られておりまする」
「うん?"じょうの豆腐潜り"とな?面白い名前じゃな」
正徳帝がこういって後ろに控えている供をみると、供は首を横に振った。聞いたことがないというのだ。そこで正徳帝は船頭に聞く。
「その"じょうの豆腐潜り"とはなんじゃ?」
「そうですな。細かく話しますと長くなりますので、お客さま、どうでござりましょう。私めがお話するより、ご自分でお食べになってはいかがでしょうか?」
「おう、そうじゃな。そうすることにいたそう」
と、正徳帝は、まもなく着いた巾口で船を下りた。そして町を行くと「修江酒楼」という看板が見えた。
この大きな料理屋に近づくと「本場の味"どじょうの豆腐潜り"」と書いた板が置いてあったので、ここにしようと供と店に入った。そして二階の窓の横に座ると、店の小僧がニコニコ顔でやってきて「お客さん、何を食べますか?」と聞く。
「実は、ここまで来る船の上で、巾口の"どじょうの豆腐潜り"という料理はうまいと聞いたのでな。それをもらおう。それと酒を頼む」
「へい!」と小僧は答え、しばらくしてこの店で作ったという"修江甜醸"という酒と数皿のつまみ、それに熱々のうまそうな豆腐料理を運んできた。
「うん。これがさっき聞いた"どじょうの豆腐潜り"か」と、正徳帝は酒を一口飲み、「これはうまい」といってから、その豆腐料理をみると、白い豆腐の塊の上に、千切りにした生姜、葱と唐辛子、そしてきくらげなどがのっている。
「これはあんかけ豆腐か?さっきは、どじょうと聞いたぞ?おかしいわい」と正徳帝は、箸を取って豆腐を崩してみると、なんと、中から長さ一寸ぐらいの、黄色い細長い小魚が出てきた。
「うん?なんじゃこりゃ?これがどじょうか!」
宮殿で山の幸、海の幸を食い尽くしている正徳帝だが、こんな料理は生まれて始めて。そこで箸を置くと店の小僧と呼んだ。
小僧は、この客がかなりの金持ちだと思っていたので、これが正真正銘の"どじょうの豆腐潜り"だと丁寧に答えた。
「おお。そうであったか。これは変わったどじょうじゃな。どじょうが豆腐の中にもぐっているとはまことにそうじゃな。そのもぐっていたどじょうが豆腐の中から出てきたというわけか。なるほど、なるほど」
「お客人、早く召し上がらないと、せっかくの料理が冷えてしまいますよ」
「おお。そうじゃそうじゃ」と正徳帝は、さっそく箸を取った。これを横で見ていた供が笑顔で「旦那さま、面白いですね」という。
「うん、うん。朕は、いや!わしはこんな料理は初めてじゃ」と正徳帝は、さっそく豆腐を口に入れた。すると豆腐は薄味だがとろけるようにうまい。そこで正徳帝は酒を二杯ほどのんだあと、豆腐の中から出てきたどじょうをつまむと、どじょうは骨まで柔らかく、ゴマの味と玉子の味がしてこの上なく珍味で美味しかった。
うれしくなった正徳帝は、この料理をもう一皿呼ぶと供にもこれを食べるよういい、自分は酒と肴を満足いくまで味わった。こうして正徳帝は供に勘定を払わせ、また岸に向った。みると、そこにはさっきの船頭がニコニコ顔で待っていた。
「おう。そのほうは先ほどの・・」
「どうでございました?」
「うん、うん、とてもうまかった。堪能した」
「そうでございましたか。それはようございましたな。さ、早く船にお乗りください。私がまたお送りいたしましょう」
「おう。そうであるか。すまんのう」と上機嫌で船に乗った正徳帝だが、いま食べたばかりの豆腐料理があまりにもうまいし、それにどうやって豆腐の中にどじょうを隠したのかが気になっていた。そこでニコニコしながら船を漕いでいる船頭に聞く。
「今ひとつ聞くが、そのほうが教えてくれた"どじょうの豆腐潜り"じゃが、あの店の酒もうまいのう」
「お客人は修江酒楼という料理屋に入られたのでございましょう?」
「いかにも」
「あの店が、ここらでは"どじょうの豆腐潜り"作りの本家ともされているのでございます」
「ほう、そうでござるか。で。あの料理は誰が作り始めたのじゃ?」
「はい。あの料理は元は"山どじょうの豆腐蒸し"といいまして、実は山に住む若い娘が考え出したものでございます」
「なんと?若い娘がのう」
「はい。いまあの店の主は三代目で、実は私はあの店の主とは遠い親戚に当たります。ですから、あの料理の作り方なら少し知っております」
「なるほど、なるほど。それを聞かせてくれんか」
「はいはい、あれはいまから百年あまり前のこと。ある商人が地元のお茶"宇紅"を仕入れに来ました。実はその娘はこの地元のお茶"宇紅"作りの名人でもあったのです。そこで商人が山にある娘の家を訪ね、お茶をたくさん買い来たといいました。これに喜んだ娘は、商人にお茶を出したところ、商人はたまらなくなって、実は長旅で腹をぺこぺこにすかしているので、何でも良いから食べさしてくれと言い出しました。そこで娘は弟に手伝わせ、山の溝でとれるどじょうと豆腐を使って、自分が考え出したこの料理をだしたところ、商人はうまいうまいといって瞬く間に料理を平らげてしまったのです。もちろん、腹が減っていたこともあるでしょうが、料理がうまいことは確かでございます。そこで商人はお茶を仕入れ終わると山を降りて、この料理のことをその日泊まった宿の主に話しました。すると宿の主は、そんな料理があるとはこれまで知らなかったと、翌日、息子を山にやり、その娘に町に出てその料理を作って売らないかと話しに行かせたのです。この話を聞いた娘はそれではと息子と一緒に山を下りて、宿でその料理を作り、主に味見させました。もちろん、主はそのうまさに驚き、さっそく金を貸すから山を下りて飯屋を開いてはどうだと勧めます。そこで娘は山奥に何時までも住んでいるわけには行かないと、それまでのたくわえを持って弟を連れて山を下り、宿屋の主に言われたとおり、宿の近くで店を開きました。しかし、その元金は自分と弟がこれまでお茶で稼いだお金を使ったのです」
「そうか?えらい娘じゃのう」
「おっしゃるとおりで、娘は店で"宇紅"を言う美味しいお茶を出すほか、これまで自分が工夫を重ねたかの豆腐料理などを作って出したので、この店はまもなく知られるようになり、繁盛し始めたのです」
「そうであったか?ふんふん。で、そのあとは?」
「そのあとは、娘が年頃なので、町の多くの若者が嫁に来てくれと言いに来ましたが、娘はおとなしくて男前の宿の主の息子と夫婦になりました」
「ほうほう」
「それも、宿屋の嫁になるのではなく、息子が店に婿にくると言うことなのです」
「へえ。宿屋の息子はどうだったのじゃ?」
「実は娘はきれいですから宿屋の息子は、山にはじめてたずねに行ったときに一目ぼれしてたんですよ」
「ふんふん、で、宿屋の主はよく首を縦に振ったもんだね」
「なにね。宿屋には息子が三人いましたから」
「なるほど、なるほど」
「こうしてこの店は働き者でもあった宿屋の息子を加わり、三人は一生懸命に働き、店はここら一帯では知られるようになり、大きくなっていったです」
「ふんふん。そうでござったか。で、あの料理じゃが、どじょうがそう簡単に豆腐の中にもぐりこむのか?」
「あの料理でございますね。あれはどじょうが自分で豆腐の中に喜んでもぐりこんだのではございません」
「では、どうして?」
「あれは、娘が何度も何度も試して考え出したものです。もちろん、どじょうは弟は捕まえたものですが、娘は捕まえたどじょうをきれいな水に数日入れておきます。それはどじょうに腹の中の泥などをきれいに吐き出させるためです」
「そうなのか?」
「はい、お客人は普段からどじょうなどは口にされないからご存知ではないでしょう」
「うーん。それもそうだが」
「で、話を戻しますが、こうして泥を吐かしたどじょうを二日ほど、水を入れていないたらいに入れておきます」
「どうしてじゃ?」
「どじょうを腹ペコにさせるためです」
「うん、うん」
「そのあとは、ごま油をたらいに流し込みます。こうすると腹ペコだったどじょうは、ごま油を夢中で吸い込むからです」
「なるほど、そういえば、あのどじょうにはごま油の味がたっぷりついていたな」
「でしょう。そして卵の黄身を入れ、どしょうに食べさせるんですよ」
「へえ、卵の黄身をね」
「こうして料理を作るときに鍋に水を入れ、どじょうを入れます。もちろん生きたままでね」
「うん、うん」
「そして水が熱く始めたら冷たい豆腐を入れるのです。どじょうは冷えることには耐えられますが、熱さには耐えられません」
「ということは」
「そう、熱いところに冷たい豆腐が入ってきたので、熱さから逃れようと必死に冷たい豆腐の中へもぐりこむのですよ」
「ああ、そうじゃな」
「もちろん、豆腐はとても柔らかいのでどじょうは中へ入り込めるのです。そのときに強火にして、豆腐を壊れないように煮ます。しこうしてどじょうは豆腐の中で徐々に煮上がっていくのですよ。こうしてからいろいろと味付けをしてとろ火に変えて煮るのです。こうして出来上がり、生姜や葱、それに煮込んだきくらげや唐辛子などを添えて出すのでございます」
「そうだったのか」
「この料理は火加減が大事です。さもないと豆腐が壊れてしまいますからね。お客人、おわかりになりましたか?」
「わかった、わかった。いや、かたじけない」と正徳帝は、供に船賃を大目に払わせ、自分の泊まっている宿に戻ったという。
うまそうな豆腐料理、食べたいわい!!
で、これは後の話だが、正徳帝は、この料理の味が忘れられず、宮殿に帰ってから厨房にこの料理を何度も作らせた。が、あの料理屋が作ったものには及ばなかったという。宮殿ではどじょうなどは食べないから、厨房人には作れないと人は言ったそうな。うん!
そろそろ時間のようです。来週またお会いいたしましょう。
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