「頼み」
いつのことかわからん。常州の西郷というところに住む顧さんが、旅に出かけ、日が暮れてきたので、早く宿を見つけなくてはと野外の道を急いでいた。しかし、なかなか人家は見つからず、かなり暗くなってからやっと古いお寺が目に入ってきた。
「おお。あそこに寺がある。こんなに遅くなっては仕方がない。あのお寺に一晩泊めてもらうか」
こうして顧さんは、歩き疲れた足を引きずるようにやってきて寺門を叩くと、和尚さんが出てきた。
「すみません。通りすがりのものです。遅くなりましたので、お寺に一晩泊めていただけますか?」
「これはこれは、旅のお方、さ、お疲れでしょう。お入りください。」
こうして顧さんは、殿堂の西のいくつかある部屋の一つに案内された。
「旅のお方、今夜はここでお休みくだされ。あ、そうそう。夕食はまだでござろうな」
「はい。ですが、わたしは弁当をもっておりますので、出来れば熱いお茶でもいただければ、十分でござります」
「そうでござるか。ではすぐ熱いお茶を持ってこさせましょう。しかし、もうすぐ拙僧は弟子とともに法事にでかけます。今夜は、この寺は旅のお方だけとなりますぞ」
これを聞いた顧さんは、ドキッとしたが、すぐに落ち着き答えた。
「そうでございますか。わかりました。ではお出かけください」
こうして和尚さんは部屋を出て行き、しばらくして寺の小僧さんがお茶を運んできてから出て行った。
そこで顧さんは弁当を取りだし、熱いお茶をすすりながら食べ始めた。空腹が満たされると眠くなった顧さんは、大きなあくびをして明かりを消し、床に就いた。
さて、それからどのくらいたっただろう。顧さんは誰かの部屋の戸を叩く音に目を覚ました。こんな夜半に誰だと顧さんは不審に思った。
「誰だ?こんな夜中に」
「顧さん!わたしだ、沈定蘭だよ」
「沈定蘭!?沈定蘭はわたしの友達だが、彼は十数年前に死んだはずだ」
「その昔の友の沈定蘭ですよ」
「なんだって?!昔の友の沈定蘭?い、いったいどうしてこんなときに死んだはずの友人がわたしを探しにきたんだ?」
「顧さん、驚かしてすまん!」
「しかし・・」
「私の言うことだけはきいてくれ」
「死んだものがわたしに何の用だ?」
顧さんは震えだしていた。
「怖がらないで聞いてくれ。顧さん頼む!」
「わたしに害を加えないだろうな?」
「安心しろ!あんたには悪いことはしない。だから戸を開けてくれ。わたしは生きた人間じゃない。あんたが戸を開けなくてもわたしは中へ入れるのだが、あんたに害を加えたくないからこうして外であんたが戸を開けてくれるまで待っているんだ。」
「わかった!わかった。いま開ける」
こうして顧さんは、恐る恐る戸を開けた。すると外で人の倒れる音がしたので、顧さんがびくびくして部屋の明かりを点け、それをもって外に出で見ると、見えないが倒れた男が行った。
「近寄るな!」
「なんだ?」
「わたしはあんたを騙した」
「なんだと?」
「わたしは沈定蘭ではない」
「じゃあ、誰だ?」
「わたしは今日死んだばかりの李家の主だ。騙して悪かった」
「どうしてわたしの名を知っている?」
「死んだものにはわかる」
「なんだと?そ、それで、李家の主がわたしに何の用だ?」
「わたしは家の財産を狙っている者に毒薬を飲まされて死んだのだ。しかし、奴らはわたしが心の臓の持病で、急に発作を起こして死んだとうそをついている」
「なんだと?」
「頼む!顧さん、私の仇を打ってくれ」
「わ、わ、わたしは剣客でもないし、役人でもないぞ」
「だから、わたしが言ったこと役人に申し出てくれ。わたしの死体を調べてもらうんだ」
「わたしが?」
「そうだ」
「で、では死体はどこにある?」
「ここにある。近寄るな。わたしは明かりをみるとしゃべれなくなるから」
「そ、そうか」
「頼む!顧さん。このお返しはきっとするからな」
「お返しなんかいい」
顧さんがこう答えたが相手の返事はなかった。
そこへ、どたばたと人の足音が聞こえてきた。みるとこの寺の和尚さんたちだった。
「あ!これは旅の人。ここへ変なものが来ませんでしたか?実は仏さまを前に念仏しておりますと、仏さまが急に消えましてな」
「そうですか」
「で、ここに来てはいないかと戻ってまいったもの」
これを聞いた顧さん「和尚さま。実は・・」といまさっきのことをありのままに話した。
話を聞いた和尚さん、うなったあとで、死体が倒れているという場所に明かりを持っていくと、確かに死んだ李家の主がそこで鼻や口から血を出して死んでいた。
こうして翌日、顧さんは死んだ李家の主に頼まれたとおり、ことの仔細を申し出たので、役人たちはさっそく死体を細かく調べた。おかげで人殺しの下手人たちはみんな捕まり、処刑された。
さて、ことが終わってまた旅を続けた顧さんだが、その後は何のこともなく無事に行くところに着いた。それからというもの、顧さんは運がよく、何をやってもうまくいき、財産は増えるばかりだったという。
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