会員登録

万里の長城

2009-05-21 17:55:04     cri    

 世界最大の建築物と言われる万里の長城は、秦(紀元前259~210年)の始皇帝が北方民族の侵入を防ぐために、30万もの兵士、数百万の農民を動員して、既存の城壁をつなぎ合わせて築いた大城壁です。その後、特に漢、明の時代に堅固なものとなりました。約2000年以上にわたり増強を重ねてきた万里の長城は、総延長が約12600キロありますが、現存する長城のほとんどは明代(17世紀)に築かれたもので、一般に言われる万里の長城は明代に構築された現存する部分であり、渤海湾を望む山海関から甘粛省西部の嘉峪関にいたる約3,000kmのことを指します。北京近郊の長城は、石やレンガで作られた重厚なもので、見張り台、狼煙台などが均等に配置されており、芸術性も高いといえます。

 また、1978年に「居庸外鎮」の城関が復元され、そこが現在、万里の長城の観光用の入口となっていますが、このあたりは八達嶺長城と呼ばれています。

 万里の長城の観光用の入口から南(向かって左)に行くと南一楼、南二楼、南三楼・・・と続いていき、傾斜が急で「男坂」と呼ばれています。また、北(向かって右)に行くと北一楼、北二楼・・・北八楼まで続いていて傾斜が比較的緩やかで「女坂」と呼ばれています。

 現在、観光地として公開されている長城は、「八達嶺」「幕田峪」「司馬台」「金山嶺」「居庸関」「黄崖関」「山海関」「嘉峪関」などで、その中でも「八達嶺」は北京から比較的近く、気軽に行けるとから最も人気のある観光スポットです。この八達嶺長城は北京西北郊の延慶県に属し、なだらかな尾根と小規模な峡谷が連綿と続く高原の入り口に位置します。この付近は最高でも海抜1015メートル程度に過ぎないにもかかわらず、広大な河北平野に位置する北京からは指呼の間にあり、王城北方の後背地の一環として古代の覇権者が軍事的に重要視せざるを得なかったのです。ちなみにその頂である北八楼は海抜888mもあり眺めは圧巻といわれています。

 また、居庸関はいま、八達嶺の直南の地に当たる河岸段丘上に設けられた関城などの施設群を指しますが、北京に都を置いた諸王朝にとっては、長城とともに北方遊牧民の流入を防ぐ第一の軍事要塞でした。特に元朝にとっては、毎年皇帝が当時の大都から内蒙古のドロンノールへ避暑に向かうための拠点に位置づけられていました。元代や明代以前、はるか戦国時代の燕のころから、記録に難攻不落の「天下九塞の一つ」と記されていました。

 1987年に世界遺産として登録された万里の長城は、人類の創造的天才の傑作を表現するもの、現存する又は消滅した文化的伝統又は文明の、唯一の又は少なくとも例外的な証拠であるもの、人類の歴史上重要な時代を示す、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積又は景観の顕著な例だと評価されています。

関連ニュース
世界遺産
v 天壇 2009-05-15 14:41:09
v 敦煌莫高窟 2009-05-08 10:35:20
v 黄山(ホワンシャン) 2009-04-30 10:51:56
v 兵馬俑 2009-04-23 09:25:15
v 「奇秀甲南東」の武夷山 2009-04-16 11:45:53
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS