中国では今、ある言葉が大流行しています。テレビも雑誌もネットでも「舌尖上的~(舌の上の)なになに」という言葉なんです。実はこの言葉はあるテレビ番組のタイトルをもじったものなんです。その番組とは「舌尖上的中国(舌の上の中国」というドキュメンタリーです。地味なドキュメンタリーでありながら驚異の視聴率をたたき出したこのドキュメンタリーは、今全国の中国人を虜にしています。本日はこの超人気番組の秘密を探りつつ、中国事情をあれこれとおしゃべりしていきたいと思います。
この番組は中国中央テレビ、CCTVが制作したグルメドキュメンタリーです。従来のグルメ番組のようにおいしいものを紹介することを目的にしたのではなく、食べ物が中国人にもたらした生活様式、概念、文化を映像によって切り取ったものなんです。放送は22:40分から。決してメイン枠ではなかったんです。5月14日の初回の放送を終え、2回、3回と放映を重ねるにつれ、口コミで評判が伝わって人気はうなぎのぼりとなりました。1回の放送は52分。たっぷりと中国の食を紹介しています。実は全7集のこのシリーズの放映はすでに終了しました。ところが放映が終わっても人気は衰えず早くもシリーズ第2弾の放映が決まっています。
それでは各集のタイトル、紹介していきましょうか。まずは第1集、自然からの贈り物、2集は主食物語、3集は転化したインスピレーション、4集は時間の味、5集は厨房の秘密 6集は味の調和、そして最後はわたしたちの田畑です。なんだか日本の教育的なテレビを思い出させるタイトルばかりですね。どちらかというとグルメというよりは生物の生態とか植物の記録とか。タイトルだけを観るとかたくて、真面目で違和感がありますよね。おそらく制作側も視聴率がとれると思ってなかったので、放映時間も夜遅いものだったんでしょう。しかし、実際はちがいました。
ここで第1集、「自然からの贈り物」では一体どんな映像が流れたのか皆さんにもご紹介しますね。第1集はまずはこの言葉で始まります。「私たちの食べ物はどこからやってくるのか。わたしたちは大自然から全ての食べ物を得る。厨房で調理される前に、食卓の上に上る前にわたしたちはまず自然に帰って自然が私たちにくれた最初の贈り物を見に行こう」
そしてカメラは雲南の山奥の風景を映し出します。やがて伝統的な民族衣装を身にまとった母と娘の姿をとらえます。うっそうと茂った山を歩き回り親子が捜し求めているのは、山の珍味、マツタケです。土をかぶったマツタケを見つけるとそっと掘り起こしかごに入れてゆきます。
突然、画面は透明感のある緑が風に揺れる竹林へと切り替わります。次に登場するのは筍です。
筍とりの名人が竹の葉の色を見て、たけのこを探し当てます。中国料理にとって筍は欠かせない御馴染みの食材。ほりだされたばかりのたけのこは手早く皮をむかれ、塩漬けにされます。
すると、また場面は変わり、今後はじゅうじゅうと油の音がきこえます。筍とりの名人が自分で収穫したばかりの筍を調理しているのです。画面いっぱいに映し出されたあつあつの筍は、まるで香りまでしてきそうです。
この1集では、マツタケをとる親子、筍とり名人のほか、レンコンを育てる人、ハムを手作りする父と子、昔から伝わる伝統的な漁の方法で魚をとる老人が紹介されています。何か気づきませんか。全て人とセットになってますよね。グルメとは言いつつ。彼らの懸命に働く姿や短いインタビューを食べ物の映像にはめ込んでいってるんです。
ちょっとヒューマンドラマ的な要素がありますよね。第1集で印象に残ったのが、マツタケをとる親子の話でした。もともとは彼女たちはマツタケを食べる習慣がなかったんですが、高く売れるようになってから家計を支える大事な収入源になっているという話です。日本人にとってはマツタケは大変高級な食べ物として知られていますから、彼女たちがひとつひとつ自らの手で収穫したマツタケが市場に出る時にはあっという間に値段が跳ね上がっているという状況も説明されていて、なんかちょっと複雑な気持ちになりました。
まさにそこがこの番組の人気の秘密ではないかと思います。単純に食べ物を紹介するのではなくて、人の感情、食物と人間の関係、そして社会との関係までをたんたんと映像で訴えているんです。さあ、大人気となったこの番組、どのような反響があったんでしょうか。
ドキュメンタリー史上、最高の話題作とも評される人気番組「舌尖上的中国(舌の上の中国」ですが、人々の反応はどのようなものだったんでしょうか。いろんな声、集めてみました。
1.今までのドキュメンタリーで最高のもの。
2.観終わった後、とってもハッピーになる。
3.食べ物の背景にあるのは中国人の素朴な品位を表している
ブログやマイクロブログではこのようなコメントがたくさん書き込まれています。
人民網の日本語版にもこの話題が掲載されました。ここにも視聴者のするどい反応が紹介されました。5月22日の記事からです。
「飲食文化に関する広く豊かな知識につ いて、むやみやたらに宣伝しているのではない。グルメの背後にある食生産技術や生産プロセスと一般庶民の日常生活とを組み合わせることによって、多くの共 感が生み出されている」と指摘した。
とにかく夜遅くにそっと放映されたドキュメンタリーをめぐって実にさまざまな意見が交わされているんですよ。自分も食べてみたくなった、という単純なものから生産プロセスに興味を持ったとか、メディアの表現方法に変化が見られたなどなど、カテゴリー分けできないくらいの反響です。確かにこういった反応はあんまり見られなったですよね。映画やドラマはもちろん話題になりますけど、一瞬ですし多角的な視点からの分析はあまりなかったですよね。そこで、なぜこのドキュメンタリーがこれほど人を引き付けているのかを知るために長年、映像制作に関わってきた、わが日本語部の日本人専門家大野さんにお話を伺ってみました。大野さんの話によると、制作側の意識もだいぶ変わったし、それが視聴者にダイレクトにつながったという気がしますね。
さて、このドキュメンタリーで発見したんですよ。日本は結果よりもその過程、プロセスに重点を置いたり、評価したりするんですけど、中国に来てみたらプロセスはそれほど重要ではなくて結果が大事!という意識があってやっぱり価値観がずいぶん違うんだなあと思ってたんです。でも今回のこのドキュメンタリーでは、まさに物の裏側にある背景やプロセスにスポットが当たってますよね。ここに多くの人が共感したってことが、なんだかとれも嬉しい発見でした。
CCTVがこのドキュメンタリーを制作した監督にインタビューしたんですけど、その時、監督はこんなことを言ってました。「この番組ははじめからテーマが決まってました。従来のグルメ番組のように料理の体系を語るのではなく、食べ物がどのように出来て、それが食べる時にはどのように関係しているのかを表現するのです。飲食は全ての文化の基礎だと思います」
確かに人間にとって食べることは本当に重要なことですし、一番身近なものですから、自分の問題として共感を得る人が多かったのかもしれないですね。テレビの放送が終わっても、インターネットの動画サービスでこの番組がを観ることができるんですが、大手動画サービスのサイトではアクセス数が700万回を超えています。実はこれは人々の食への安全意識が高まってきていることを表していることも背景としてあるんじゃないかと思うんです。
確かに食への関心が高まっている今だからこそ、たくさんの人が番組を受け入れたともいえますよね。丁寧に素朴でいいものを食べたい!という願望の現われかもしれませんね。さらにもう一点。この番組は市場にも影響をあたえているんです。実際に番組で取り上げた特産品が飛ぶように売れているそうなんです。
テレビや映画の中でのタイアップ広告についてはマイナス反応が多かったですよね。広告がわざとらしいとか。このドキュメンタリーは一切広告的な要素が無かったにもかかわらず、広告効果が高かったんですね。なんだか皮肉ですね。ですから今後は広告、宣伝の手法もかなり変わってくるんじゃないかと思います。どのようにしたら人々の心をとらえるのか、このお手本を「舌の上の中国」は示してくれたんじゃないでしょうか。クリエイティブ産業にも与える影響は大きいようですね。
(6月18日オンエアする『イキイキ中国』より )
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