会員登録

ベニンを支援する中国寧夏ホイ族自治区医療チーム

2009-03-10 11:20:40     cri    

 1978年、西アフリカ中南部にあるベニンでははるばると中国から来た寧夏ホイ族自治区医療援助チームが出迎えを受けていました。それから31年間、16回にわたって、364人からなる寧夏ホイ族自治区医療チームがここを訪れ、その中3人の隊員は若い命をなくしました。

 中国人にとって、ベニンは遥か遠くよく知らない国です。1976年、べニンの要請に応じて、中国政府はベニンに医療援助チームを派遣することを決定しました。ベニン人口の15%はイスラム教を信仰し、人口の数も、寧夏ホイ族自治区と接近しているため、中国衛生省は寧夏から20人ぐらいの医療援助チームをベニンに派遣することを決めました。今年76歳の産婦人科の専門家鄒光珍さんは第1回医療援助チームの隊員として、ベニンへ行った事があります。当時のことを振り返って、鄒(すう)さんは「当時、私はベニンへ行くことにすぐに同意した」と語りました。

 しかし、第1回援助チームはベニンに着いてから、そこの医療条件が立ち遅れていることがわかりました。全国にはあわせて百人の医師しかいないし、病院にはほとんど院長一人しかいません。血液の検査や麻酔器具もないし、下水道や電気もありません。

 医療チームが着いた3日目、子宮外妊娠の患者がきました。孔繁元副隊長は当時の状況を振り替えって、「当時、私と仲間は懐中電灯をつけて、手術を行った」と次のように語っています。

 「妊婦は大出血し、すぐ手術をしなければ、死亡する可能性がある。こうした粗末な状況の下で手術をしたのは初めてでした。電灯と電気もなく。懐中電灯で照明して、手術を成功させた。私たちは非常に喜んだ」

 過去31年間、寧夏ホイ族自治区医療チームはベニンで医療場所を設けました。夜になっても、ときどき急診があり、多いとき、一晩に7例の緊急手術をしたこともあります。統計によりますと、現在まで、医療チームはさまざまな困難を克服して、心臓や脳、肝臓、腫瘍など複雑の手術を成功裏に行いました。

 また。医療チームは地元で、医療関係者を訓練し、医療講座を設けました。

 第3回医療チームの隊員鐘桂清さんと馮鑑洲さんは2年間ベニンにいた治療経験を総括し、実用価値のある「アフリカ児童の脳型のマラリア100例治療予防経験」という本を書き、ベニンの医師の参考になっています。

 しかし、ひどく暑い天気や困難のある医療活動は隊員たちの健康を脅かしています。2003年7月、第13回援助チームの隊員王舒拉(ろう)さんは悪性マラリアにかかったため、なくなりました。当時、王さんの娘は7つでした。王さんの奥さん・呉暁萍さんはこれについて「娘は夢でパパを見たと言いながら、大声で泣き出した。彼を行かせたくなかったため、すべての責任が私にあると思った。しかし、彼が行く前に書いてくれた手紙を再び読めば、理解した」と話しました。

 中国医療チーム隊員の医者としての道徳や技術はベニン人民から高く信頼され、評価されました。隊員たちは地元の人々と深い友情を結びました。

 31年間、あわせて200万人を治療し、4万7000例の手術を行いました。ベニン大統領は数回にわたって医療チームを奨励し、36人の隊員に騎士の勲章と栄誉勲章を授けました。

関連ニュース
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS