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遠山正瑛:内蒙古で木を植え続けた日本人

2009-11-25 13:54:39     cri    

 遠山正瑛氏(1906-2004)、日本人。砂漠緑化の研究家、中国政府は遠山氏に「国家友情賞」、内蒙古自治区政府は「栄誉公民」の称号をそれぞれ授与し、国連も「人類に対する思いやり市民賞」を遠山氏に贈った。

 入選理由:

 1980年から、遠山さんは内蒙古自治区のエンゴペイ砂漠で緑化の研究に取り組み始め、毎年8~9カ月の滞在期間には、毎日10時間近くにも及ぶ作業を14年続けた上に、日本では全国を巡り、砂漠緑化のために精力的な募金活動を展開した。そしてその感化により、家族を含めた数万人の日本人が内蒙古のエンゴペイ砂漠来て、緑化活動に参加した。その後の弛まぬ努力により、約2万ヘクタールの砂丘の移動が食い止められ、ここには多くに木が植えられた。

 中国との縁:

 遠山正瑛さんは、亡くなる年の10年前に、「自分の亡骸は中国に埋めてほしい」という遺言を残している。2004年3月5日、遠山さんは享年97歳で亡くなり、その1週後に、遺骨は内蒙古自治区のエンゴペい砂漠に運ばれ、ここで埋葬された。

 遠山さんは1906年に日本の山梨県に生まれ、1935年に中国に留学し、中国で農耕文化や植物生態を研究している過程で、中国の砂漠を緑化したいという夢を持ち始めた。

 のちの日中国交回復は、その夢の実現を可能なものにした。そして1979年、中国西域学術調査団に参加、シルクロードに沿って砂漠を視察した。その後1984年には中国砂漠開発日本協力隊の隊長として、ボランティアたちと一緒に黄河の上流砂漠でブドウの木などを植えた。退職した1990年に、遠山さんは内蒙古自治区のエンゴペイ砂漠に住むようになった。

 「エンゴペイ」とはモンゴル語で、平和、幸せという意味であり、ここは元は緑の海だった。そこで、今は砂漠となったエンゴペイに緑を取り戻そうという意味から、ここでの緑化に努めたのだと遠山さんはいう。こうして遠山さんは日除け帽子をかぶり、長靴を履き、作業服を着て道具袋を背負い、毎日仕事に出かけた。毎年8~9カ月という滞在期間には、毎日10時間近くにも及ぶ作業を続けた。実を言うと暑い夏の気温は40度に達し、冬はなんと零下20度になったのだが、遠山さんはボランティアらと一緒に木を1本1本植えたのだ。これは普通の人ですら大変なのに、高齢者だった遠山さんにとっては並々ならぬことなのだ。

 このことについて遠山さんは、「砂漠の緑化は中止することは出来ないので、真剣に仕事を続けるべきだ」と話している。

 このような長年の努力を経て、砂漠化は止められた。こうして1995年までに成長の早いポプラの木が100万本植えられ、1998年までには200万本が、2001年までにはその数が300万本となり、今では植樹数はすでに340万本を超えた。生涯砂漠を研究してきた遠山さんはその技術を活かし、これによって植えられた木の約80%が活着している。面積2万ヘクタールという地元の砂漠開発試験場での日本人ボランティアらが植えた植樹の面積はここの3分の1を超えた。このようにここは緑に囲まれ、住民が300人以上になったので、遠山さんは国連から「人類に対する思いやり市民賞」を授与されたのだ。

 日本人が砂漠の緑化のため、どうしてわざわざ中国にまで来たのか?これはボランティア募集の際、よく出る質問である。これについて遠山さんは、砂漠の緑化「世界平和に緊密に関わる。地球の3分の1の土地は乾燥しており、地球の温暖化、人口の増加や無制限な開墾などは、砂漠化を加速させ、これによって糧食不足などの問題は深刻化した。だから砂漠を緑化して、砂漠化を止めるのはこの問題を解決する上でベストの選択なのだ」と話している。

 遠山さんは、「砂漠の緑化は日本にもプラスとなる。環境問題はすでに国境を越えており、衛星から見ると、砂嵐は国境に越え被害を広めている。だから環境問題の解決は、世界的な課題であり、日本人が中国の砂漠を緑化するのは日本にもプラスとなる」という。

 遠山さんは、「砂の緑化は中国への恩返しでもある。昔の日本は中国からいろいろと学び、それを各分野で生かした。半世紀前の侵略で、日本は大変な罪を犯したことを自分は痛感しており、私の中国での砂漠緑化は謝罪の意味もある。日本は中国の建設事業を支援すべきだ」と話していた。

 数万人のボランティアらは遠山さんの人格に魅了し、自費で中国に来て、砂漠緑化に従事した。その中には中には日本の武村正義元度大蔵相もいる。

 遠山さんは84歳の時、「また30年働きたいなあ。実はしたいこと沢山あり、砂漠開発大学も一ヶ所創立したい」と言っていた。97歳になくなった遠山さんには、まだやりたいことが沢山あっただろう。

 遠山さんはなくなったが、彼が砂漠に植えたポプラの樹はすくすく育ち、いまでは日本の友人の中国の人々に対する深い友情の示すシンボルともなっているのだ。(翻訳:婉)

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